9月公開の「大人の女性にオススメしたい映画」4選
映画ライター・坂口さゆりさんが厳選した、「大人の女性が観るべき」映画作品を毎月、お届けする本シリーズ。今回は、2019年9月公開の映画、『エセルとアーネスト ふたりの物語』、『エイス・グレイド 世界でいちばんクールな私へ』、『レディ・マエストロ』、『ある船頭の話』の4作品をご紹介します。
『エセルとアーネスト ふたりの物語』|アニメーション
たくさんの幸せに気づかされて、アニメーション映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』を見終わったあとは、自分でも驚くほど泣いてしまいました。
本作は『スノーマン』の作者として著名なレイモンド・ブリッグズが、自身の両親を題材にした絵本の映画化です。激動の20世紀を生き抜いた、ごく普通の夫婦の出会いから亡くなるまでの人生を描いています。
1928年、ロンドン。貴婦人のメイドとして働くエステルと、牛乳配達のアーネストが恋に落ち結婚。ロンドン郊外に25年ローンで小さな家を購入し、希望に満ちた新婚生活が始まります。子宝に恵まれないふたりでしたが、ついに息子レイモンドが誕生しますが……。
真面目で少々お堅いエセルと、いつも陽気で明るく日曜大工が得意なアーネスト。ふたりは運命の人に出会えたことを喜び、小さいながらも家を購入できた幸せを噛み締める。古びたレンジやストーブを交換し、家具を放出品で手に入れ、少しずつ手をかけ「自分たちの家」をつくり上げていくことはなんて素敵なことだと気づかせてくれます。
愛する人と笑いあい、励まし合い、日々を大切に生きることがいかに貴重で大切なことか。第二次世界大戦を生き抜いた彼らだからこそ、余計に観る者に響きます。
しかし運命は残酷です。晩年は心から愛し合ってたふたりが免れられない運命に見舞われます。それでも互いを愛し続けた夫婦の姿は、世代や人種を超えて共感できるに違いありません。
作品詳細
- 『エセルとアーネスト ふたりの物語』
- 監督:ロジャー・メインウッド 声の出演:ブレンダ・ブレッシン、ジム・ブロードベント、ルーク・トレッダウェイほか。2019年9月28日(土)から岩波ホールほか全国順次公開。
『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』|青春
オバマ前米国大統領をはじめ多くの著名人を魅了し、全米で社会現象を巻き起こしたという話題作。
主人公は、スマホが手離せない8年生(日本で言う中学2年生だが、アメリカではミドルスクールの最終学年)の女の子、ケイラ。
学校では「学年で最も無口な子」に選ばれる(!)ほどおとなしい彼女が、自宅に帰れば一転、活発で能弁な私をセルフプロデュース。クラスメイトたちに繋がろうと必死にSNSに動画をアップし続けるのですが、努力の甲斐なく反応はほぼありません。
ある日、ケイラは学校からの帰り道、クラスの人気女子ケネディが乗った車を運転していた彼女のお母さんからケネディの誕生日パーティーに誘われます。ケネディが自分を嫌っていると知りつつ、勇気を出して参加してみるのですが……。
学校では不名誉な賞をもらうほどおとなしくて消極的なのに、14、15歳という微妙なお年ごろゆえか、自意識だけはとーっても強いケイラちゃん。
家に帰ると、スマホのカメラに向かって自分のような人のために、自分自身を開放する方法をしゃべりまくり、動画最後の決め台詞はいつもポーズを決めて「グッチ!」(Goodの代わりに彼女が使ったそうですが、ニュアンス的には「バイバーイ」「またねー」といったところでしょうか)とご挨拶。
存在感がほとんどない女の子が、繋がりを求めて「私」を必死にアピールしようと、SNSを駆使しながらもがく姿に心がチクチク刺されまくりました。自分がいまどきの中学生だったら想像するだけで気が滅入りますが、ケイラのようなことさえできなかったかもしれません。子どもから大人へと向かう微妙な時期を切り取ったチャーミングな青春映画です。
作品詳細
- 『エイス・グレイド 世界でいちばんクールな私へ』
- 監督・脚本:ボー・バーナム 出演:エルシー・フィッシャー、ジョシュ・ハミルトン、エミリー・ロビンソン、ジェイク・ライアン、ルーク・ブラエル、ダニエル・ゾルガードリ、フレッド・ヘッキンジャー
- 2019年9月20日(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか全国ロードショー。
『レディ・マエストロ』|音楽
女だから。そのひと言で女性たちが諦めなければならない職業はかつて多く存在しました。「指揮者」もそのひとつ。映画『レディ・マエストロ」は、女性が指揮者になる夢を見ることさえ許されなかった時代に、夢をつかんだ実在の人物、アントニア・ブリコ(1902ー1989年)の半生を描きます。
1926年、ニューヨーク。コンサートホールで案内係として働くオランダ移民のウィリー(のちのアントニア、クリスタン・デ・ブラーン)は、オランダの指揮者メンゲルベルクの指揮を間近で見るため、客席の通路の最前列に椅子を置いて座るという暴挙に出てしまいます。当然、ホールの経営者で大富豪の子息フランクに放り出され、仕事もクビに。
キャリアもコネも金もないウィリーでしたが、音楽への情熱だけは人一倍。彼女はメンゲルベルクが指導する音楽学校へ入ろうと職探しを開始。どこも採用に至らないなか、偶然道端で居合わせたロビンからナイトクラブのピアノ弾きの仕事をもらうことに……。
筆者にとって女性指揮者といえば西本智実さん。彼女を知ったのはドキュメンタリー番組だったように記憶していますが、すべての楽器を把握して最高の音を引き出していく姿に感動したことを覚えています。
しかし、本作を観て改めて女性が指揮者になることがどれほど難しいことだったかを知ることができました。近年では一流オケの音楽監督や常任指揮者といった重要ポストに就く女性指揮者も出てきたそうですが、まだまだ極少数。今でも世界で最も著名な指揮者上位20名に女性は入ってないそうです。
男性社会の中で自身が受け入れられるために、アントニアはどのように前進して行ったのか。激しい恋に落ちながらも、キャリアと結婚との間で彼女は何をどう決断したのか。現代の働く女性と変わらないアントニアの姿に勇気をもらう方は少なくないと思います。
作品詳細
- 『レディ・マエストロ』
- 監督・脚本:マリア・ペーテルス 出演:クリスタン・デ・ブラーン、ベンジャミン・ウェインライト、スコット・ターナー・スコフィールド、アネット・マレァブ、レイモンド・ティリ、ゾーマス・F・サージェントほか。
- 2019年9月20日(金)からBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー。
『ある船頭の話』|ヒューマンドラマ
俳優・オダギリ ジョーさんが監督した長編第1作は、なんとも映画らしい映画でした! 緑豊かな山間の美しい川を舞台に、「本当に人間らしい生き方とは何か」を問いかけます。
明治後期から大正を思わせる時代、主人公は川岸の質素な小屋に住むトイチ(柄本 明)。彼は村と町をつなぐための川の渡しを行う船頭。天気が良くても悪くても、どんな客であっても頼まれれば黙々と舟を漕ぐ日々を過ごしています。
しかし、いつの間にかトイチが住む山奥にも文明開化の波が押し寄せています。川上では煉瓦造りの大きな橋がかけられようとしていました。それが完成すればトイチの仕事はなくなるかもしれません。心中穏やかではないトイチでしたが、完成を心待ちにしている村の人たちに悟られないよう平静を保つのでした。
そんなある日、川に少女が流れ着きます。トイチは看病しながら様子をうかがいますが、同じころ、渡し舟の客から川上で起こった家族の惨殺事件の話を聞くのでした。少女は一体どこから来たのか。少女はやがてトイチの孤独を埋めてくれる存在になっていきますが、彼の運命も大きく狂わせることに……。
大きく深呼吸をしたくなるような緑深い美しい景色をスクリーンに刻んだのは、これまで多くの香港映画や中国映画で活躍してきたクリストファー・ドイル。本作では例えば、ウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』や『天使の涙』のような色彩構成とはまるで異なるアプローチで、日本の原風景を体感できます。
スタッフはドイルを始め一流人が集結。衣装デザインはオスカー受賞者で世界で活躍するワダエミさん。音楽はアルメニア出身のティグラン・ハマシアン。だからなのか、日本の話なのにアジアのどこかにも見えてくるから不思議です。もちろんキャスティングも豪華。舟で川を渡る客を演じる俳優たちのなかには、「え? これしか出演していないの?」という人もいて、監督の遊び心が見え隠れしています。
なお、本作は映画館で観るために、オダギリ監督が計算し尽くしたそう。監督も言っていましたが、スマホで観たら魅力は本来の3割にも届かないかもしれませんので、観るときはぜひ劇場で。睡眠不足で足を運ぶのも避けることをおすすめします!
作品詳細
- 『ある船頭の話』
- 脚本・監督:オダギリ ジョー 出演:柄本 明、川島鈴遥、村上虹郎、伊原剛志、村上 淳、蒼井 優、浅野忠信、笹野高史、草笛光子、細野晴臣、永瀬正敏、橋爪 功
- 2019年9月13日(金)から新宿武蔵野館ほか全国ロードショー。
- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター