バーゼルワールドの規模縮小があった一方、さまざまなアニバーサリーイヤーらしい賑わいも見せた2019年。ウォッチアワードにエントリーされた新作や、スイスのウォッチフェアの現地取材を通じて見えてきた時計界の現在地は? 第2回「MEN'S Precious WATCH AWARD 2019」の審査員3名を緊急招集し、今年の傾向から今後の展望まで、あれこれと放談していただいた。

ウォッチアワードの審査を務める時計業界の識者たちの座談会

左から関口 優さん、松山 猛さん、岡村佳代の3人。
左から関口 優さん、松山 猛さん、岡村佳代の3人。

座談会出席者

関口 優さん
『HODINKEE Japan』編集長
時計専門誌編集長を経て、2019年11月にローンチされたインターナショナルオンライン時計メディアの日本版『HODINKEE』編集長に就任。時計界では若手に数えられる30代ながら、その深い見識を生かし、時計関連のトークショーなどにも精力的に登壇。時計愛好者のファンも多い。
松山 猛さん
作家・エッセイスト
数々の著作を持つ作家であり、『帰って来たヨッパライ』や『イムジン河』などの名曲を残した作詞家でもある松山さん。’70年代からの時計通でもあり、スイス取材にも足繁く訪れている。A.ランゲ&ゾーネは、日本上陸前にスイスで現物を見て惚れ込み、上陸するやいち早く入手した逸話も。
岡村佳代
ウォッチ&ジュエリージャーナリスト
腕時計の魅力に開眼して以来、スイスの新作発表会に通い続けて20年。ジュエリー価値に重きを置かれがちなレディスウォッチ界で、機械式の魅力を説き続ける伝道師的な存在として知られる。メンズウォッチにも造詣が深く、いい意味でマニアックになりすぎない女性ならではの視点は、『MEN'S Precious』でも健在だ。

参加者は、松山 猛さん、関口 優さん、岡村佳代の3人。スイス取材を通じて親交があるが、「おふたりとここまで真面目に時計の話をするのは初めて(笑)」(岡村)。掲載できないギリギリな話も飛び出しつつ、それぞれの視点から2019年の時計界を振り返った。

さて、2019年の時計界。振り返ってみて、どのように感じましたか。

関口 今年は、アポロ月面着陸と自動巻きクロノグラフ誕生、それぞれ50周年を飾るアニバーサリーイヤーとあって、賑やかでしたね。

松山 オメガの「スピードマスター」の復刻版は、クロノグラフ部門で受賞をしていますけど、主役を飾るにふさわしいでき栄えでしたね。

岡村 先日、「スピードマスター」の「#スピーディチューズデイ」というイベントを取材しましたが、ユーザーの熱狂は半端じゃない。圧倒されました(笑)。

関口 時計ファンがやってほしいことを汲んで、オメガは実行していますね。

「つくり込みの精度は各社年々上がっています。が、小さくして(笑)」(松山 猛さん)

松山 年を重ねるごとに各社つくり込みは向上していると感じます。素材選びや仕上げなど、ディテールが実に繊細ですね。高級機ほどそのあたりは顕著。サイズは小さいほうがいいな(笑)。

岡村 価格も上がっていると感じますが、クオリティもそのぶん向上しています。

関口 今や市民権を獲得したブルーダイヤルは、仕上げの繊細さという意味で、ブランドの特徴が色濃く出ています。

松山 技術力が投影されますからね。

岡村 ブレゲやヴァシュロン・コンスタンタンは独自表現が光りました。

関口 ゴールドケースとも好相性です。

松山 パンチのある黒文字盤と異なり、ソフトな印象も獲得できますね。

関口 ディテールといえばストラップも注目要素。ワンタッチチェンジャブルのものや、アリゲーターではなく、あえてカーフを採用するモデルも見受けました。

受賞作を眺めると、全体的にはクラシカルな印象が強いですね。

関口 ヘリテージを持っているブランドは強いですね。培われた伝統的な時計づくりに最新の素材や機構などを取り入れながら、自社の芯を強化していく。

松山 その意味で「ランゲ1」誕生25周年記念の連作は、圧巻でしたね。

岡村 ジュネーブで発表されたときは、本当に10本も誕生するのかドキドキしましたが、めでたくすべてローンチ(笑)。

「時計界に新風を起こす、新たな勢力の今後にも期待したいです」(関口 優さん)

一方で、注目すべき新しい動きは?

岡村 NH WATCHの誕生! 時計界では知らない人がいない業界の「有名人」が、ブランドを立ち上げました。

松山 時計ブランドのマネジメントをいくつも手がけてきた飛田直哉さんの時計には愛が詰め込まれていましたね。

関口 既存のブランドにない新鮮さがあります。今後も、こうした新興勢力は、どんどん活躍してほしいです。

エントリー作も含めて俯瞰すると、一時期よりもイエローゴールドも増えている印象がありますね。

松山 人の感性は面白いもので、ピンクが登場したときにはイエローが古臭く見えたのに、ピンクが流行りすぎるとイエローがかえって新鮮に映る。

岡村 レディスでも、ゴールドの主流はずっとピンクローズ系でしたが、最近イエローが見受けられますね。バブルを知るお兄さん世代は抵抗ないはず(笑)。

ハイコンプリケーションについては、どのように見ていますか?

岡村 やはりトゥールビヨンが強い。ここ20年くらいはずっとトゥールビヨン祭りが続いているような気がします(笑)。

関口 やはり、ブランドの技術をアピールできる花形ですから。

松山 トゥールビヨンが一線でいられるのは、年々サクセスする人がどこの国からも現れるからじゃないかな。「いつかは俺も」という人がつけたいシンボリックな存在であることは、今も変わらない。

関口 F.P.ジュルヌのように、開発の手を緩めないブランドの存在も大きい。

岡村 一方、非トゥールビヨンの名機も増えている印象があります。

関口 パテック フィリップの受賞作を代表とするカレンダー系の実用的なモデルと、エルメスなどが手がけるロマンティックなモデルとで、二極化しているように見られます。

一方で、デイリーな実用機に目を向けるといかがですか。

岡村 クロノグラフやダイバーズなどのスポーツウォッチ人気は不変ですね。

関口 一方で、デイリーユースを狙ったエレガントウォッチ、ヴァシュロン・コンスタンタンの「フィフティーシックス」コレクションは今年で2年目になりますが、依然注目度が高いですよ。

岡村 戦略的な価格設定は若い世代にもうれしいですよね。

松山 夢が近づいた感じでいいですね。少し前までは「夢のまた夢」みたいな時計が多かっただけに、その姿勢には好感が持てます。

そろそろ、まとめに入りますか(笑)。

松山 割と素直な時計が多かったように思います。時計本来の魅力で真っ向勝負しているのは、いい傾向です。

関口 ここ数年、復刻デザインが台頭するなかで、ヘリテージを踏襲しながら独自性を出せるブランドが強いですよね。

松山 デザインの先鋭化は、面白い反面、すぐに陳腐化する嫌いも。50年以上かけて磨かれたデザインは廃れない。

岡村 ヘリテージの残し方や力量は、ブランドのセンスしだいですからね。

関口 「クラシックを現代に」というパラダイムでの時計づくりが主流の今、ここで受賞しているようなラグジュアリーなブランドの役割は大きいでしょう。


座談会から見えた3つのトレンド

■1:近年高まるディテールのつくり込みの精度

「オメガの独自素材のゴールドや、セラミックスからなるベゼルなどに代表される、現代時計の繊細さが光る時計が際立ちました」(関口さん)

■2:各社の技術が花開くブルーのダイヤルの色味

「今やトレンドから定番となったブルーダイヤル。鮮やかだったり、深みがあったりと、ここへきてその表現の幅も広がっています」(岡村)
「今やトレンドから定番となったブルーダイヤル。鮮やかだったり、深みがあったりと、ここへきてその表現の幅も広がっています」(岡村)

■3:一周回って新鮮味を感じるイエローゴールド

「かつては、成金趣味とさえいわれたイエローゴールド。不思議なもので、今ではまっすぐな輝きからは、気高ささえ感じます」(松山さん)
「かつては、成金趣味とさえいわれたイエローゴールド。不思議なもので、今ではまっすぐな輝きからは、気高ささえ感じます」(松山さん)
<出典>
MEN'S Precious冬号「寅さん」とヴィンテージ
メンズプレシャス冬号
【内容紹介】山田洋次監督インタビュー/「寅さん」のダンディズム/ミスターヴィンテージ、草彅剛の私物も大公開!/紳士の世界遺産、ヴィンテージ名品/MEN'S Precious WATCH AWARD 2019ほか
2019年12月6日発売 ¥1230(税込)
この記事の執筆者
TEXT :
MEN'S Precious編集部 
BY :
MEN'S Precious2020年冬号より
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PHOTO :
戸田嘉昭・池田 敦(パイルドライバー)
STYLIST :
関口真実
WRITING :
高村将司
EDIT :
岡村佳代