「外套(アウターウエア)として真に機能性のある男のコートをつくる」SANYO SEWING Designed byTOKITOのデザイナー、吉田十紀人氏のアイディアは明快だった。その結果、多くの実用的な機能が組み込まれた『ライナー付きモーターライディングコート』が生まれた。

このコートを構成するパーツ点数は257点。平均的なコート約140点に比べ、格段に多い。こうした複雑な構造のコートを生産できる、世界最高水準の技術を持つ工場が日本にある。それがサンヨーソーイングだ。

1969年に創立された同社は2019年で50周年を迎えた。青森十和田にある本社工場は従業員数115名、そのうち7割が縫製に従事している。

257点のパーツを組み上げる驚異的な技術力

コートに特化した50年の技術の結晶が細部に宿る

トレンチコートのたたずまいを決める襟。手でまつり縫いにすることで首にフィットする
トレンチコートのたたずまいを決める襟。手でまつり縫いにすることで首にフィットする

ボタン付けやベルト作製等の細かな外注作業を除き、ライディングコートは縫製だけでも約250に及ぶ工程を自社内で行っている。まさにメイド・イン・ジャパンのものづくりだ。

年間3万6000着の生産規模と高度な技術を持つコート専業工場は、国内のみならず世界でも希有な存在だ。その品質を支えているのは「3本の柱」と呼ばれる技術力である。

ひとつめは工業化パターン技術。メーカーから来たデザインは型紙製作の情報のひとつに過ぎない。効率的に工場で製造できるパターン(型紙)が必要となる。コートは大半の部分が生地の張り合わせで構成されている。外周と内周差、実際の製品のあがりのサイズとミシンで縫う位置の違い、生地の縮みといった要因すべてを計算にいれ、工業用パターンを作製する。

ライディングコートの複雑な形状のポケット袋布を縫製しているところ。
ライディングコートの複雑な形状のポケット袋布を縫製しているところ。

ふたつめは縫製技術だ。ここでは職人の平均勤続年数は20年を誇る。正確に速く機械で縫うには熟練の技が必要だからだ。コートはジャケットに比べ直線が長く、それだけ縫製の難度も高くなる。なかでも「引き縫い」はあらかじめ縫い縮みを想定し、生地を伸ばしながら縫う高度な技術だ。フレアの多い『モーターライディングコート』のわきのダブルステッチも、通常は2本針で縫うところを、ここでは1本針のミシンで1本ずつ縫っていく。それによって落ち感のある美しいドレープをだすことができる。

約40個あるボタンはすべて「根巻き」による手付け。生地の厚さや付ける部位によって高さを調整。
約40個あるボタンはすべて「根巻き」による手付け。生地の厚さや付ける部位によって高さを調整。

ボタンはすべて手縫い、付ける位置によって高さを変える「根巻き」仕様とし、襟部分の内側をまつり縫いにすることで襟を立てたときに美しく、かつ首にフィットするようになる。

独自の機械を使用したそでのプレス工程。

3つめの仕上げ技術は独自の機械を用いて製品のシルエットをつくり込むマシンプレス、ツヤをだし、シワを取るハンドプレスを行う。

このようにすべての工程には美しいコートをつくるための理由がある。「われわれは芸術品ではなく、工芸品をつくる」。三陽商会の創立者吉原信之氏は生前こう語っていたという。

ここでつくられているのは芸術品や大量生産による工業製品ではない。クラフツマンシップによって生み出された、実用に耐えうる美しい工芸品だ。創立者吉原氏の哲学は、今もここ青森の地で、サンヨーソーイングのものづくりに継承されている。

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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2019年秋号より
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PHOTO :
斉藤翔平
WRITING :
長谷川喜美