男と女をクロスする―女装にのめり込んだ主人公が見たものは?山下紘加さんの小説『クロス』
ラブドールを手に入れた中2男子の顛末を描いた『ドール』で文藝賞をとった著者の2作目は、女装にドはまりした男の物語。
主人公に妻、及び愛人までいることに読者は驚くと思うが、ある夜酔った愛人にチャイナドレスを着せられメイクされたことから「私」は欲望に目覚めていく。
性交シーンの多い作品だけど、それより愛人宅で初めて黒のストッキングに脚を通した「私」が、翌日スラックスの下にそれをはいて出勤し、一日過ごしてみるシーンがエロティック。周囲に淫靡な隠し事をしているというより、おおらかな解放感に満ちている。主人公が身につけているのは黒いナイロンの布ではなく、「自由」なのだ。
その後、圧倒的な美しさをもつタケオと出会い、「私」は快楽にのめり込む。だが夫として妻とセックスする、不倫男の身分で愛人を抱く、その彼女にメイクしてもらったあと女の顔で再び交わる、女装して男であるタケオに抱かれる。そんな「姿」と「性愛」の交差を繰り返した末に、主人公は不安にかられだす。
読みどころは、黒のストッキングが象徴した、どこにでも行ける思いは間違いだったのでは、という焦りだ。だって男女の自認は今どちら? 恋愛対象は何? それすら瞬時に変わりそうな自分はどこにも行けないし、どこにもいないのではないか…。
女装や性の横断というコアなテーマを扱いながら、自由とは、存在とはどういうこと?という私たちの根源に迫る問題作。共感できる人は多いはず!
※掲載した商品の価格は、すべて税抜きです。
- TEXT :
- 間室道子さん 代官山 蔦屋書店コンシェルジュ
- BY :
- 『Precious8月号』小学館、2020年
- WRITING :
- 間室道子(「代官山 蔦屋書店」文学コンシェルジュ)
- EDIT :
- 宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)