イギリスのスポーツカーは総じてストイックであり、硬派なイメージが強く、周辺にはオイルの臭いがなんとなく漂っていそうな雰囲気がある。イタリアンスポーツのような色気とか官能とか、時として奔放さを見せるわけでもなく、ベクトルが真反対のような気もする。さらにいえば、ドイツ車のように理詰めだが、その一方で人に寛容ということもない。いつもどこかに一つだけ、小さな壁のようなものを感じるのである。
だが、最初に断っておくが、その壁というか、一瞬の躊躇を抱かせるからこそ、ブリティッシュ・スポーツは大好きである。気軽に手を出してはいけないような、どこか毅然とした、その立ち居振る舞いに英国流儀の気高さのようなものを感じるのである。そして、その筆頭に来る存在といえば、アストンマーティンである。映画「007」シリーズでジェームス・ボンドの愛車として登場以来、いつも心のどこかで意識し、いつかはガレージに納めてみたい1台と、リスペクトを感じながらも、価格のことを外して考えても、なかなか近づくことができない。
だが、時より訪れる試乗の機会。まさに仕事柄ならではの役得ではあるが、試乗リストにアストンマーティンの名前を見つけると「今日は特別な1日になりそうだ」とさえ、思うのである。そして目の前に現れた「DBSスーパーレッジェーラ ヴォランテ」(以下「DBS」)。白いペイントにブルーの塗料を数滴落としたような、なんともいえない淡い色合いのボディカラーをまとったヴォランテ・ボディが、独特の美しさを放っている。これ見よがしでもなく、奇を衒った様子などないのに、存在感は抜群に高い。
走り出しはとてもコンフォート(ただし音はすごい)
伝統のフロントグリルを備えたフロントマスクの奥に725馬力、最大トルク900N・mの5204cc V型12気筒ツインターボエンジンが収まっているなどとは思えないほど、涼やかな表情なのである。
そんな様子に少しばかり安心して、いや正確にいえば油断してエンジンスタートボタンを押して驚く。地の底から響いてくるようなサウンドは周囲をビリビリと震わせ、お腹の中にまで響き渡りながら、目覚めるのである。それまでの平和な雰囲気が一瞬にして戦闘モードへと切り替わる。
エンジンが目覚めて少しすると、アイドリングはずいぶんと落ち着いた様子になるが、相変わらず大排気量の12気筒エンジンらしいサウンドはしっかりと発している。両サイドから押しつぶしたような、アストンマーティン独特の形状のステアリングに添えていた両手に少し力が入る。右スポークにあるドライブモードのセレクトボタンでGTモードを選び、走り出す。日常的にはこのモードがデフォルトだ。市街地から首都高速までなら、もっとも使いやすく、快適でもある。
さらにダンピングを選ぶボタンが反対側の左スポークにあるのだが、これももっともコンフォートなモードにして、公道へと乗り出した。幌を開けていないため、エアコンも効いて快適だ。信号待ちから加速をするとき、ビル街にDBSの存在感ある咆吼が響いていることはクローズ状態でも理解できる。それでも2トンを超える車重も影響しているのだろう、しっとりとしたしなやかな乗り心地が続く。
オープンで乗ること自体がスポーツである
しばらく走ると徐々に体に馴染んでくる。いや、意志の通りに自在に動いてくれるフィット感、英国流儀のスポーツカーだけが持つ、軽やかな操縦性が楽しくなってくるのである。ここで一つ、頭上を覆っていたルーフを開ける決断をする。約14秒で一気に開放感が手に入った。それまで以上にエンジンの存在を感じると同時に、解放したことでヴォランテならではの“空を駆ける楽しさ”をどんな速度でも味わうことができるのだ。
以前から、英国車ほどオープンが似合う車はないと思っているが、アストンマーティンのヴォランテは格別である。たたずまいの美しさと、抑制の効いた華やかさ、そして気品のあるオープンとくれば、まさに今乗っている「DBS」が筆頭だ。プレミアムならではのオープンドライブは癖になるほどである。
そのまま道が空いたところで、3つ選べる走行モードを真ん中のSへと変える。比較的穏やかだったエンジンの様子が一気に表情を変え、乗り味もコンフォート優先ではなくなった。アクセルの対するレスポンスは鋭さを増し、オープンにしたキャビンへと吹き込む風から少しだけ優しさが奪われる。シャープな切れ味のステアリングも、明確な意志を持って操作しないと、狙いどおりの走りができなくなる。快適さだけでなく周囲の空気感をダイレクトに伝えるFRとしてのドライビングフィールは、刺激的ですらある。
昔、尊敬する徳大寺有恒氏が「オープンで乗ること自体がスポーツなんだ」とおっしゃっていたことを、ふと思い出した。最近では快適なオープンエアの車が増えたが、それでも英国製のオープンカーには、まだまだ男を鍛え上げる厳しさ、ダンディズムを持っている車が存在している。その筆頭ともいえる1台が、このFRとオープンという王道のスポーツカーとして存在する「DBS」であることは間違いない。アストンマーティンを選ぼうとするときに感じる小さな壁、それこそダンディズムそのものであることを再認識できた今日は、やはりいい一日になった。
【アストンマーティン「DBSスーパーレッジェーラヴォランテ」】
ボディサイズ:全長×全幅×全高:4,715×1,970×1,295mm
車重:1,868kg
駆動方式:FR
トランスミッション:8速AT
V型12気筒DOHCツインターボ 5,204cc
最高出力:533kw(725PS/6,500rpm)
最大トルク:900Nm/1,800~5,000rpm
価格:¥34,559,445(税抜)
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- TEXT :
- 佐藤篤司 自動車ライター