ショッピングをするとき、ひとつ目安にするのが、その品を「だれが使っていたか・使っているか」という来歴である。尊敬する男や味のある男が使っていたというのであれば大歓迎だ。なにしろぼくはその服を着たり、モノを持ったりすることで、ほんの束つかの間でも、彼になりたいと願っているのだから!

  文句なしでOKサインになるのはウインストン・チャーチルの愛用品だ。洒落者チャーチルの熱烈な崇拝者であるぼくは、彼が「好んだ」とか、「それしか使わなかった」とか、そのテの文言に弱い。値段も見ずに即購入決定である。でも後悔はない。

 チャーチルのような有名人は、現代は、セレブリティと呼ばれ、最大の広告塔にしてマーケティング・パワーである。しかし、いまのセレブ俳優やミュージシャン、アスリートのようなひとたちと、ぼくが好むチャーチルのような、ひと昔前の洒落者たちでは、同じ愛用品といっても、その選び方や使い方に大きな差があるのではないだろうか。少なくとも以下の3点は、往年の洒落者たちとモノとの特徴的な関係であるように思えてならない。

往年の伊達男が愛した名品の数々

右から/マイケル・ケイン愛用のオリバー ゴールドスミスのサングラス、チャールズ皇太子愛用のバブアーのオイルドジャケット、ヴィットリオ・デ・シーカ愛用のボルサリーノのフエルト帽、セルジュ・ゲンズブール愛用のレノマのジャケット、ジャンニ・アニエリ愛用のオメガのプロプロフ。
右から/マイケル・ケイン愛用のオリバー ゴールドスミスのサングラス、チャールズ皇太子愛用のバブアーのオイルドジャケット、ヴィットリオ・デ・シーカ愛用のボルサリーノのフエルト帽、セルジュ・ゲンズブール愛用のレノマのジャケット、ジャンニ・アニエリ愛用のオメガのプロプロフ。

【名品定義1】「好き」で選んだモノだった

 フランスのミュージシャン、セルジュ・ゲンズブールを例にとろう。

 気ままでボヘミアンなライフスタイルが曲やパフォーマンスとマッチし、1960年代から1970年代にかけてフランスのポップミュージックシーンの裏番長のような存在だったゲンズブール。いつも朝帰りのような彼のスタイルを象徴するのがレノマのサンジェルマン・シェイプのジャケットだ。こいつをレノマ社は彼と分厚い契約書を交わして着せたのか? いや、違うのですな。

 レノマ社のデザイナーで、オーナーだったモーリス・レノマは、ゲンズブールの親友だったのだ。ゲンズブールのパフォーミングスタイルに惚れ込んだレノマが、ゲンズブールと共につくり上げたのがレノマ・ルックで、現代のプロダクト・プレイスメントとは意味合いが違う。もっと偶発的で、いい加減で、アソビっぽい。人間臭さぷんぷんのコラボレーションだったのだ。

【名品定義2】日常使う、実用品だった

『メンプレ』に何度登場したかわからない、イタリア、フィアット帝国の総帥、ジャンニ・アニエリ。彼がオメガの『シーマスタープロプロフ』を愛用していたのは、数々の写真でも明らかだ。

 シャツのカフスの上から巻いた姿は、素っ頓狂だし、そもそもスーツにこんなスポーツウオッチはテイストが合わないのでは? だが、アニエリにとってこの腕時計は「生活必需品」だったのである。

 スポーツ万能の彼が特に好んだのはヨット。天才モーターヨット・デザイナーのゲルハルト・ギルゲナスらが設計したセーリング・ヨット、エキストラ・ビートはアニエリの第二の家といってもいい。ビジネスマン以上にヨットマンだった男が選ぶのだから、600M防水はなんの不思議でもないではないか。

 同じようなことは、英国王室の男性についてもいえる。

 チャールズ皇太子がよくバブアーのオイルドコートを着ている姿をBBCなどで見かけるが、王室の男性にとってハンティングやフィッシングは、伝統を守るという正真正銘の仕事である。バブアーはその道具、欠かすことができない日常ギアのひとつなのである。

【名品定義3】長く愛した

 最近の「セレブご用達品」の寿命は短い。契約でもしているならともかく、流行のサイクルでころころ変わる。ところが往年の洒落者たちは違っていた。

 イタリアの映画監督ヴィットリオ・デ・シーカ。ナポリ出身のこの洒落者は、生涯にわたって祖国イタリアとその名品を愛した男だった。ルビナッチやカラチェニの見事なスーツに合わせるのは、それまでの硬く固めていた紳士帽子を画期的にやわらかくしたボルサリーノのソフトハット。ボルサリーノはデ・シーカのトレードマークになっていく。

 同じく映画界でいえば現在も活躍中のマイケル・ケインが愛用していた英国オリバー ゴールドスミスの黒縁眼鏡とサングラスも忘れがたい。

 スパイや探偵役が多かった’60年代のケインの、その後も続くクールなイメージを決定づけたのは、このアイウエアといっても過言ではない。

 大企業が金にあかせて持たせたわけじゃない。スタイリストが本人に代わって選んだのでもない。自分の人生を賭けて着た、身につけた。往年の洒落者の愛用品にはそういう「凄み」を感じるからぼくは好きなのだ。

 いかがだろう。上に挙げた3つの定義を胸に生きていくことで、我々も名品を育てる側に立つことができるのだ。

この記事の執筆者
TEXT :
林 信朗 服飾評論家
BY :
MEN'S Precious2013年秋号「絶対名品」最強バイブルより
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。
クレジット :
撮影/戸田嘉昭・唐澤光也・小池紀行・辻郷宗平(パイルドライバー) スタイリスト/武内雅英(code)構成/兼信実加子
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