そもそも映画や音楽の用語である「リマスター」は、小生には耳慣れた用語である。
一時期在籍していた会社で、日の当たらないフランス映画をせっせとビデオ(正確にはレーザーディスク)化していたことがあった。ときには映画館の倉庫などから発見された希少なフイルムを魔法のようにリマスタリングする職人芸に、驚嘆したことも少なくない。それからずいぶん経ったが、今年、腕時計の世界で、神技のようなリマスターを目前にした。2020年の新作「リマスター 01 オーデマ ピゲ クロノグラフ」は、1943年にオーデマ ピゲ自身がつくったクロノグラフの「リマスター」である。
もとは手巻きであったものが自動巻きになり、フライバック機能がつき、サイズも異なるわけだから「復刻」にはあたらない。手にとってみると、デザインのエッセンスは色濃く残り、ディテールやロゴなどもオリジナリティを損ねていない。映画で過去のオリジナルからリマスタリングをするように、ピュアな新しさで甦った名品、という言い方でいいのだろう。
1943年に製作された幻のクロノグラフを現代的に再解釈
500本限定の希少モデル「リマスター 01 オーデマ ピゲ クロノグラフ」
時計界の名門『オーデマ ピゲ』は、クロノグラフには寡作で、記録では1939年から1945年、つまりは第二次世界大戦の間には、210本しか製造していない。「リマスター 01」の手本となった1943年製のモデル「1533」(ステンレススティール+PG)も3本しかつくられておらず、ヴィンテージ市場ではおそろしく貴重な品だ。『オーデマ ピゲ』は著名なフィリップスのオークションで、その1本をみずから買い戻した。そして2020年の今年、スイスの本拠地ル ブラッシュに自社ミュージアム「ミュゼアトリエ」のオープンを記念してリリースされた
シャンパーニュのようなゴールドダイヤル、ティアドロップ型のラグの造形、創業者ふたりの苗字の間にカンマを打った社名のオールドロゴ、律儀に大文字Eにもアクサン記号を振った“ジュネーブ”の表記。すべてが極上のリマスタリングは、ヴィンテージな既視感に絶対的な新しさが重なり、見たものを虜にする。
いっぽう3色で使い分けられた数種のオールド・フォント数字の積算計の赤文字「4|5」とはなんだろう。それは熱心なサッカーファンである創業家の三代目、ジャック=ルイ・オーデマが、ハーフタイムまでの時間を計測できるように希望したものだ。並外れて秀でた容貌を持つ腕時計は、いまもなお家族経営を守り続けるブランドの希少性を語るエピソードもまた、リマスターしてみせたのである。
ヴィンテージファンの心を掴むディティールも!
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト