「ものすごく正しい大学生に感じる不気味なゆがみ――。小説のたくらみに満ちた作品です!」―間室さん
主人公はものすごく正しい男子学生の陽介で、彼にゆがみを感じていくのが読みどころ。
「間違った正義感」の類ではない。現在、大学四年の彼は、恩師に頼まれ出身高校のラグビー部を指導し、お笑いライブで気分の悪くなった新入生女子を介抱し、在学中から政治家を目指す恋人の望みを優先し、自身も筋トレと勉強を欠かさない。まさに好青年。でも好きになれず、なんかこの人、変だ、と思う。
身近な人たちに、うっすら浸み始める主人公への違和感を読者も体感していく、という小説のたくらみに満ちた作品だ。
違和感の正体は「雑な感じ」ではないかと思う。「彼はあんなに努力家なのに!」と男性読者、特に日ごろ自信満々で女性や年下に接している人は思うかもしれない。でも「一所懸命だけど雑な男」っている。
50代の男性議員の自宅に招かれた、と電話してきた恋人の胸の内や、強豪校ではない母校でラグビー部に入部した後輩たちの気持ちに、陽介は興味を示さないし想像もしない。あるのは「肉がうまい」「セックスが好き」などの肉体的快楽と頭の中の成功哲学。
自分の弱さや本音をさらけ出して誰かと心底結び合う喜びを、彼は知らない。やがて恩師が静かに、恋人と新入生女子が不気味に変容し、物語がぐにゃりと曲がる。
陽介が安堵を感じるラストに震えた。屈辱的な体勢をとらされてなお、彼は公明正大な精神でいっぱいだ。作者はこの悲しさに、読者を連れてきたかったんだと思う。若い魅力にあふれた、第163回芥川賞受賞作。
- TEXT :
- 間室道子さん 代官山 蔦屋書店コンシェルジュ
- BY :
- 『Precious11月号』小学館、2020年
- PHOTO :
- よねくらりょう
- EDIT :
- 宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)