クルマはひとりになれる大切な空間ではあるけれど、家にいるのとは訳が違う。走行中は周囲と円滑にコミュニケーションすることで安全が保たれ、歩行者も自転車も気持ちよく過ごせる。Honda eは車内で楽しく過ごすための工夫が満載。それはデザインにも現れ、性差や世代を問わない優しさあふれるスタイリングは、自動車社会全体を底上げする可能性さえ秘めているのだ。
つくり手の意図がしっかりと伝わってくる
ドアを開いて運転席に腰掛けただけで、波長のあう人はぐっと心を鷲づかみにされるだろう。そして乗れば乗るほどに、知れば知るほどに、このクルマに深く惹かれているはず。ホンダeとは、そんなクルマだ。
ホンダeは同社初の量産型電気自動車(EV)。全長が4m以下で乗車定員が4名のコンパクトカーだから、高速道路を延々と走るというよりは都市内のちょっとした移動が得意なクルマと考えられる。そしてホンダも、この点に的を絞って“e”を開発した。
この話とは矛盾するように思われるかもしれないが、ホンダeはとにかく車内で心地いい時間が過ごせるように工夫されている。たとえば落ち着いた色調のファブリックやウッドを用いたインテリアは、都会に暮らす感度の高い人たちが自分のリビングルームに置きたくなるソファーやテーブルときっとよく似ている。ホンダeの天井にはダウンライトを真似た照明までついている。これは遊び心の表れだろうけれど、ホンダのデザイナーたちがなにを目指してこのクルマを作り上げたかがこの点からもよくわかる。
ダッシュボードいっぱいに広がったディスプレイも、車内で過ごす時間を心地よくしてくれるためのものだ。そこにきれいな風景を映し出してもいいし、水槽の映像を表示させれば気分が落ち着くかもしれない。
いずれにせよ、大きなディスプレイは高級さを声高に主張するためのものでも、高性能や高機能性を謳うためのものでもない。あくまでも車内で快適な時間を過ごすためのひとつの小道具という位置づけなのだ。驚くほど気が利く音声認識ベースのアシスタントシステムにしても、人に近い体温で優しく温かくコミュニケーションするためのツールだと考えれば納得がいく。
なぜ、ここまで快適性にこだわったかといえば、EVには充電がつきもので、その間、車内で過ごす時間を心地いいものにしたかったからだと、開発のとりまとめ役を務めた一瀬智史さんは説明する。もう、その気持ちがまさに「おもてなし」であり、心地いいクルマを作りたかったという開発陣の思いの表れだろう。
走行可能距離の短さを凌駕する魅力がある
ホンダeは走らせても心地いい。コンパクトカーとは思えないほど質の高い乗り心地で、無粋な振動は一切伝わってこない。いっぽうで、足回りはしなやかに路面に追随するのに、ボディはどっしりと構えて安定している。大げさでもなんでもなく、1000万円クラスの高級車並みか、それ以上の快適さだ。
それでいながら、ドライバーの意のままに操れるのもホンダeの特徴。別にスポーツカーのような機敏さではないけれど、ちょっとした操作にも的確に反応してくれるからもどかしさを感じなくて済む。「心地いいレスポンス」であり「心地いいリニアリティ」を備えたハンドリングだと思う。
そしてEVだからエンジン車と違って走りは滑らかそのもの。トルクの立ち上がり方も自然で扱い易い。しかも走行時にはCO2を排出しないから環境にも優しい。この辺は、芸術やファッションに関心を持つ感度の高い人たちからも歓迎されるポイントだろう。
巷では1回の充電で走れる距離が300km程度と短いことが話題になっているようだけれど、シティコミューターとして使うなら300kmでも全然問題ないはず。充電に時間がかかるとか、充電ステーションを探すのが面倒なんて声もあるみたいだが、ホンダeの心地よさに魅せられた人であれば、その程度のネガはまったく気にならないだろう。それよりも問題なのは、需要に供給が追い付かず、オーダーを受け付ける期間が限定されていること。ちなみに11月5日に第2回オーダー受付が始まったばかり。
ただし、受付台数は「数百台」と決して多くないので、関心を持った方は早めにディーラーを訪れることをお勧めしておく。
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- TEXT :
- 大谷達也 モータージャーナリスト