人生は「こんなはずじゃなかった」ことだらけだ。
最近だと、いかにも美味しそうに見えたリンゴを買って食べてみたらこんなはずじゃなかったとか、ひと目惚れしたワンピースを試着してみたらこんなはずじゃなかったとか(苦笑)。もっと貯蓄があるはずだった、もっと本を書いているはずだった…など言いだしたらきりがない。なにより、20代前半まで「40代の私は子供を生み育て幸せな家庭を築いている」と思っていたから、まさか仕事と結婚しているような人間になっているなんて自分でも驚き。でも、これはまぁ、いい意味で「こんなはずじゃなかった」なんだと思っているけれど。
そんなことを考えずにはいられなかったのは、『海よりもまだ深く』を観てしまったから。阿部 寛演じる主人公の良多はとにかく往生際が悪い。15年前に一度文学賞を受賞してしまったばっかりに(ある意味悲劇だ)、作家として食べていく夢をいつまでも捨てられず、探偵という職で食いつなぐ。「小説のための取材」と言い訳しながら。妻(真木よう子)はそんな夫に愛想を尽かして離婚。にもかかわらず、月に1回支払う約束の子供の養育費も滞り、元妻に恋人ができれば仕事そっちのけでふたりを見張る。しかもふだんは寄りつきもしないのに、金がないから実家へ行って、母親・淑子(樹木希林)が見ていないところで金目の物を失敬しようとしたり。ダメ男なんである。姉(小林聡美)から聞いたとおりに、通帳のありかを探ってまんまと騙されたり。後輩から金を借りたり、ちょろまかした金をギャンブルにつぎ込んでパーにしたり。
ある晩、そんな良多が、息子と元妻とともに母親の住む団地で台風をやり過ごすことに。思いがけない嵐に人は心をざわつかせ、本音を漏らす。実は元妻も母親も今を「こんなはずじゃなかった」と思っていた…。
台風一過で青空が広がる。ダメ男・良多もなんだかちょっとだけ変わりそうな予感。こんなはずじゃなかった自分の人生も、なんだかとっても愛おしく感じてしまうのだ。
公式サイト
- TEXT :
- 坂口さゆりさん ライター
- BY :
- 『Precious6月号』小学館、2016年
- クレジット :
- 文/坂口さゆり