『結婚式のメンバー』 著=カーソン・マッカラーズ 訳=村上春樹 新潮社 ¥590(税抜)

12歳のフランキーが経験する狂った夏。カーソン・マッカラーズの自伝的なこの小説を、ちょうどインフルエンザで寝込んでいたときに、村上春樹新訳版で読んだ。熱が下がるたび、その合間に休みながら少しずつ読んだ。熱のはざまの朦朧とする時間のうちに、自分のあやふやな時代を思い出していた。

春になってゆく季節を不安に思ったこと。小学校の卒業式で周りの子たちと同じようにはしゃげず、つかめきれない不安が怖かったこと。自分なのに自分じゃないように思ったこと。この世に生まれてくることはみんな修行のためかもと感じた瞬間があって、そのときはどんよりとした夕方に押しつぶされそうだったこと。そう、つまり、きっと村上さんが言う通りなのだ。

いちばん感じたのは、「僕にはとてもこんな小説は書けないな」ということだった。もちろんそれは僕が男の作家だから、ということはある。大いにある。~略~ 女性作家にだって、この小説を読み終えて、「私にはとてもこんな小説は書けない」とため息をつく方は、少なからずいらっしゃるのではないだろうか。それくらいこの小説におけるマッカラーズの筆致の鮮やかさは、見事に際立っている。

その鮮やかさに触発されて、思い出すとも思わなかったいろんな感情が、かつて子供だった自分が抱いた恐怖や焦りや戸惑いが、つい先ほどのことのようにリアルに鮮明にいきなり自分のなかに立ち現れたのではないだろうか。

熱が下がった頭で、しみじみ思った。大人になったとしても、子供時代に抱いた痛みを失う必要はまったくない。痛みを抱くには強くならなくてはいけない。そして強くなった人だけが、本当に優しい人になる。きっとこれも本当なのだろう、と。

※この情報は2016年6月7日時点のものになります。詳細はお問い合わせください。

この記事の執筆者
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小澤征良さん 作家
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『Precious7月号』小学館、2016年 / 2017.7.9 更新
米国サンフランシスコ生まれ。上智大学比較文化学部卒業。NYメトロポリタン歌劇場主席演出家、デイビット・ニース氏につき、オペラ演出を学ぶ。2002年「おわらない夏」(集英社)で作家デビュー。著書に「蒼いみち」(講談社)「しずかの朝」(新潮社)「そら いろいろ」(新潮社)「往復書簡 いま、どこですか」(新潮社、杏共著)など。「すばる」(集英社)に「ひとすくいの時間」連載中。 好きなもの:家族ー特に2歳になる息子、愛犬のボーダーコリー「ズーニィ」、夢中になる物語、雪山、オオカミ、朝一番のコーヒー、水泳、オペラ、レペットのバレエシューズ、海辺の風、父親の演奏と人生に対する姿勢、パンケーキ、心から何かを書けている時のあの感じ、レッドソックス、生のジュース、ロッキー山脈、イエローストーンでの明け方のオオカミ観察、スキー、夜空、散歩、増田屋の蕎麦、フィレンツェ、面白い映画、ハワイ、家族や友人との夕飯、カリフォルニアのハンティントンビーチ、トレーナーとのトレーニング、洗いたてのシーツ、友人とぶらぶら歩く、山奥で迎える朝、ステーキとフレンチフライ、小鳥のさえずり、知らない町から届く絵葉書、新鮮な有機野菜と果物、劇場やコンサートホールの楽屋裏、京都、目に見えない世界について語る人、焼きたてのバゲット
クレジット :
撮影/田村昌裕(FREAKS) 文/小澤征良
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