超名門の老舗が2019年に新コレクションとして発表以来、世界的に大人気の『CODE11.59バイ オーデマ ピゲ』に、複雑さでハイエンドに立つトゥールビヨンのモデルがある。200年以上前に誕生したトゥールビヨンは、本来、時計作りの古典的なテクニックに属するものだ。それを、キャリッジが宙に浮いたように錯視させるフライングトゥールビヨンに仕立て、しかもクロノグラフと組み合わせ、自動巻きで駆動する。文字盤は元の形象を留めないほどの大胆なオープンワークが施され、緻密で繊細な不思議のメカニズムを惜しみなく見せる。それでいて複雑さの神秘性は、いささかも損なわれることがない。何が起きているのかが見えても、どうしてそう動くのかがわからないことが、歯がゆくなくむしろ好ましい。
緻密で繊細な不思議のメカニズム
オーデマ ピゲ『CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン クロノグラフ』
腕時計の聖地といわれるヴァレー・ド・ジュウ。そこに点在する地区のひとつ、ル・ブラッシュにオーデマ ピゲの工房がある。ジュウ渓谷は小生も何度となく訪れているが、いつも目に入るのは木々と草原の緑、そしてジュウ湖の水面。ここがとびきりの腕時計を次々と生み出す場所とは思われない風景が、視界に広がる。都会ずれした感覚からは「何もない」ところに見えるその場所には、何にも代えがたいものがあり、一方でストレスがない。スイス腕時計の桃源郷だ。こういうところでなければ、超複雑なミクロの手作業は完結できないのだろう。
『CODE11.59バイ オーデマ ピゲ フライング トゥールビヨン クロノグラフ』は「そんな鄙(ひな)から」ではなく、そのような地だからこそ、と順接する環境から生まれ出た傑作なのである。 快い自然と、人智の限りをつくした複雑。まったく正反対に見えるものが、実は絶対的な原因と結果である。旧約聖書に出てくる英雄、士師サムソンが問う謎々は「強い者から甘い物が出た」。獅子から蜂蜜を得たというその話のように、オーデマ ピゲの時計作りも素敵な意外性を持ち、しかも甘美なのである。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2021年春号より
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- PHOTO :
- 戸田嘉昭(パイルドライバー)
- WRITING :
- 並木浩一