ピレリの名はクルマ好きによく知られている。フェラーリやランボルギーニといったスーパースポーツカーの足元は同社の高性能タイヤだし、フォーミュラ1のタイヤはすべてピレリが用意している。
もうひとつ、ピレリはアートブックのファンにも知られている。1963年にスタートしたカレンダー(ピレリカルと呼ばれる)ゆえだ。
当初は自動車修理工場の壁にかけるために美しいヌードが多かったが、起用する写真家として、サラ・ムーン、リチャード・アベドン、ブルース・ウェバーとキラ星のごとき名があがる。それゆえ写真集としても編集され、豪華本として日本でも洋書店の書架に位置を占めてきた。
昨今は、ところが、ピレリ・カレンダーは方針を変更。ヌードでない方法で女性の美しさを表現するように。2016年版はアニー・リーボヴィッツが、米コメディエンヌのエイミー・シューマーや、ヨーコ・オノらを白黒で撮影して大きな話題を呼んだ。
2017年版はピーター・リンドバーグが起用され、ペネロペ・クルス、レア・セドゥ、ニコール・キッドマンらを、ほぼスッピン状態で撮って、やはりメディアにトピックスを提供した。
2017年秋にニューヨークシティでメディア向け発表会のあった2018年版を手がけたのはティム・ウォーカー。コンデナストグループのメディアなどのために凝ったファッション写真を作りあげることで日本でもファンの多い英国人写真家である。
当代一流のクリエイターが腕を振るう名物カレンダー
驚きは2つあった。主題が「不思議の国のアリス」であることがひとつ。かつての南国でのヌードとは大きく違う。もうひとつはキャストがすべてアフリカ系男女で固められたことだ。
「ピレリ・カレンダーの話が来たとき、私はいかにして“新しさ”を表現するかを考えました。そこで誰もが知っているアリスの物語を素材したら、逆に自分なりの表現のおもしろさを評価してもらえると思ったのです」
マンハッタンの老舗ホテル、ザ・ピエールで行われたインタビューの場で、ティム・ウォーカーはそう語ってくれた。
「もうひとつ、有名な物語を選んだのは、誰もがアイドルになれるという私の考えを表現しやすかったからです。アリスはご存知のように白人が書き、挿画は白人の女の子が描かれていますが、それをアフリカ系のひとたちに置き換えたらメッセージが伝わると思いました」
これは多様性へのメッセージだ
アリスを演じるのはダッキー・ソット。オーストラリア出身で南スーダンからの難民を親に持つ売れっ子モデルだ。首切り人はナオミ・キャンベル。眠りねずみは映画にも多く出演しているケニア人の両親を持つルピタ・ニョンゴといったぐあいである。
男では、テレビパーソナリティでありドラッグクイーンとしても活動歴が長いルポール。若いひとにとっては、パフ・ダディの名で知られる音楽プロデューサーのショーン・コムズの起用が話題を呼んだ。俳優のジャイモン・ハンスゥも旬の人選だ。
「新しい時代が来ているときに、パーフェクトなタイミングでこのカレンダーを出せたと思う。いまはダイバシティ(多様性)が大事になってきている。このカレンダーは私たちみながそれを支持しているというメッセージになっているのよ」
やはり世界中のジャーナリストを集めたインタビューの席上でナオミ・キャンベルはそう語ってくれた。カレンダーが秘めたメッセージは意外にも大きいのだった。
取材・文=小川フミオ(ライフスタイルジャーナリスト)
写真提供=PIRELLI
- TEXT :
- 小川フミオ ライフスタイルジャーナリスト