これまで当たり前だと思っていた日常が一変したここ数年を経て、住まうこと、暮らすことを見直した人も多かったのではないでしょうか。
そんななか、雑誌『Precious』10月号では、暮らしの拠点として、週末の別宅として、自然と触れ合う場所で、自然と共に生きるキャリア女性たちを取材。海や山、森や湖、あるいは砂漠…。そこでの暮らしが彼女たちにもたらしたものに迫ります。
今回は、美術家 川邊りえこさんのお住まいをご紹介します。
「『頭』で考える感覚から、五感や、心で感じることの大切さ、人間としての暮らしに目覚めました」
3つ目の拠点は丹頂鶴が舞う地
北海道の東。釧路、女満別、中標津と3つの空港からそれぞれ約1時間ほどの距離にある弟子屈。
神の湖と呼ばれる摩周湖や国内最大のカルデラ湖、屈斜路湖にほど近い阿寒摩周国立公園内の約1万坪という敷地に、昨年4月、川邊りえこさんは3つ目の拠点を構えました。
「東京と京都に自宅とサロン、軽井沢にはアトリエがあります。世界的なパンデミックや地震、火山爆発などが続くなか、緊急事態宣言下のステイホーム中に、これからの日本、自分の人生などについて深く考えていました。シェルター、自給自足、シェアハウス、リトリート、自然崇拝…。さまざまなキーワードが浮かび、リサーチするなかで、北海道と石垣島がぱっと浮かんだのです」
そんなとき、縁あって弟子屈の土地を紹介され、訪れてみるとまるで川邊さんを歓迎するかのように丹頂鶴の親子が遊びにやってきました。
「縁もゆかりもない土地でしたが、特別天然記念物の丹頂鶴が目の前に! あまりの美しさに感動していると、日常的に20、30羽と訪れるというのです。さらにこの土地は、源泉かけ流しの温泉が湧き出ていること、釧路川に隣接する敷地内には飲み水などの水源があること、手つかずの自然が残っている原野であることなど、理想とする条件が揃っていて、購入を決意しました」
この地に出合ってから約1年後、建物が完成。その間、川邊さんの構想に7名の方が賛同。メンバーのためのプライベートな居室7部屋ほか、共通スペースとしてダイニングやキッチン棟、露天風呂などを設けました。
「東京で会員制の文化サロンを始めて27年。日本文化や美意識を伝えてきましたが、今回参加してくださったメンバーは全員、文化サロンで共に学んできた方々です。価値観を共有できるメンバーと構えた大人のシェアハウスのようなこの家は、新しい暮らし方、自然との付き合い方、コミュニテイの未来などを考える実体験の場になりそうです」
川邊さんといえば書家としても活躍、着物姿のイメージがありますが、北海道では、シャツにパンツ、長靴スタイルで過ごすのが定番。
「思いもしなかったスタイルです(笑)。ここは、自然や動物と『共生する』なんていうのはおこがましいくらい、圧倒的な自然美とパワーに満ちています。
大地のダイナミックでドラマティックな移ろい、動物たちの生きる姿に触れていると、人間ではなく自然界が主役だと実感します。これは『暮らす』からこそ得られた自然との距離感だと思います。『頭』で考える感覚から、五感や心で感じることの大切さ、人間としての暮らしに目覚めました」
現在は月に10日ほど暮らす北海道の拠点。東京に戻ると、またすぐに『あぁ、帰りたい』と感じてしまうほど魅了されている、と川邊さん。
「満天の星空や小川の煌めき、丹頂鶴や鹿との対話。本物の自然の中に身を置くと、瞬間をとらえることの感覚や判断力を試されているような気がします。動物としての本能を、大きく揺さぶられるのです」
川邊さんのHouse DATA
●場所…東京から飛行機と車で約4時間。北海道の道東に位置する弟子屈。
●建物…北海道の様式である、牛の干し草倉庫のD型ハウスが原型。コンセプトからインテリアデザイン、アート、家具などトータルディレクションは川邊さんが担当。
●間取り…8LDKとライブラリー、露天風呂。ダイニング棟と居室棟に分かれている。
●訪れる頻度…月に10日。
●ここに決めたいちばんの理由…丹頂鶴が日常的に見られる地であること。自然がそのまま残された原野であり、温泉源と水源があったこと。
- EDIT&WRITING :
- 田中美保、古里典子(Precious)