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「プロフィール」


 

名前:シャーリー・マクレーン

出生地:アメリカ合衆国バージニア州リッチモンド

生年月日:1934年4月24日

バレエ学校に通い、16歳のときにダンサーとしてブロードウェイデビューを飾る。1955年、映画『ハリーの災難』でスクリーンデビュー。1959年、映画『恋の売込み作戦』でベルリン国際映画祭にて銀熊賞、英国アカデミー賞で女優賞を受賞。1960年、映画『アパートの鍵貸します』でヴェネツィア国際映画祭と英国アカデミー賞で女優賞、ゴールデングローブ賞で主演女優賞を受賞。1983年、映画『愛と追憶の日々』でアカデミー賞、ゴールデングローブ賞にて主演女優賞を獲得。1983年には、自身の体験した神秘体験を綴った書籍『アウト・オン・ア・リム/自分探しの旅』を出版し、ベストセラーになる。

私生活では1955年から1983年の間に、映画プロデューサーのスティーヴ・パーカーと結婚していた。1956年、のちにサチ・パーカーの芸名で俳優デビューする娘、ステファニー・サチコ・パーカーが誕生。

「若いころ」「昔」の写真20選


まず、シャーリー・マクレーンの10代から30代の「若いころ」「昔」の写真を振り返ります。コケティッシュな魅力にうっとり。

1952年(18歳ごろ)

 

1955年(21歳ごろ)

 

1955年(21歳ごろ)

 

1955年(21歳ごろ)

 

1955年8月(21歳)

 

1957年1月(22歳)

 

1958年1月(23歳) 映画『走り来る人々』ポートレート撮影

 

1958年1月(23歳) 映画『縄張り』より

 

1959年1月(24歳) 映画『恋の売込み作戦』より

 

1960年1月(25歳)

 

1960年8月(26歳) パリにて

 

1961年1月(26歳) 映画『噂の二人』より

 

1962年1月(27歳) 映画『青い目の蝶々さん』より

 

1963年1月(28歳) 映画『あなただけ今晩は』より

 

1963年1月(28歳)

 

1964年1月(29歳) 映画『黄色いロール・スロイス』より

 

1964年5月(30歳) 映画『何という行き方!』より

 

1965年1月(30歳)

 

1965年3月(30歳) 映画『John Goldfarb, Please Come Home!(原題)』より

 

1966年1月(31歳) 映画『泥棒貴族』より

 

「映画」代表作11選


ここからは、シャーリー・マクレーンの代表出演「映画」をお届けします。アカデミー賞主演女優賞を獲得した『愛と追憶の日々』もピックアップ。

『愛の売込み作戦』(1959年)

映画ワンシーンより。
映画ワンシーンより。

ウィニフレッド・ウルフの小説を基にした作品で、シャーリー・マクレーンはベルリン国際映画祭にて女優賞にあたる銀熊賞、英国アカデミー賞で女優賞を受賞。

あらすじ:田舎から、夫とともにニューヨークにやってきたメグ(シャーリー・マクレーン)。駅につくや否やスーツケースを盗まれ、着た切り雀状態に。やっと職を見つけたメグは、次々とさまざまなタイプの男性に出会い…。

『アパートの鍵貸します』(1960年)

映画ワンシーンより。
映画ワンシーンより。

シャーリー・マクレーンがヴェネチア国際映画祭女優賞、ゴールデングローブ賞主演女優賞、英国アカデミー賞女優賞を受賞した作品。

あらすじ:アパートの部屋を貸し生計の足しにしながら、上司の不倫を手助けし出世の足がかりにしようと目論むバクスター(ジャック・レモン)。ある日、自分の意中のエレベーターガール、フラン(シャーリー・マクレーン)が上司と関係をもっていることを知る。

『噂の二人』(1961年)

左から共演のオードリー・ヘプバーン、ジェームズ・ガーナーと。
左から共演のオードリー・ヘプバーン、ジェームズ・ガーナーと。

リリアン・ヘルマンの戯曲『子どもの時間』を原作とした作品。

あらすじ:カレン(オードリー・ヘプバーン)とマーサ(シャーリー・マクレーン)は親友で、ふたりで経営する寄宿学校も軌道に乗っていた。ある日、学校の問題児がカレンとマーサが恋人同士であるという嘘の噂を流し、事態は思わぬ方向へ進んでしまう。

『青い目の蝶々さん』(1962年)

映画ワンシーンより。
映画ワンシーンより。

日本を舞台にした作品。

あらすじ:ハリウッドで活躍する映画監督のポールは、妻ルーシー(シャーリー・マクレーン)を主演にして数々のヒット作を生み出してきた。しかし巷では、彼の成功は妻のおかげだと噂が立てられる。自分1人でもヒット作を作れると証明したい彼は、はるばる日本にやってきて『蝶々夫人』を題材にした作品を撮ることに。そこで出会った芸者は、実は彼を追ってきて変装した妻だったのだ。

『あなただけ今晩は』(1963年)

映画ワンシーンより。
映画ワンシーンより。

シャーリー・マクレーンがゴールデングローブ賞主演女優賞を獲得した作品。

あらすじ:仕事に熱心なネスター巡査(ジャック・レモン)は、ある日娼婦街に配属される。早々にガサ入れを行うと、常連客の1人に上司がいたため、クビにされてしまう。途方に暮れていると、可愛い娼婦イルマ(シャーリー・マクレーン)が現れ…。

『愛と追憶の日々』(1983年)

映画ワンシーンより。
映画ワンシーンより。

ラリー・マクマートリーの同名小説を原作とした作品で、シャーリー・マクレーンはアカデミー賞、ゴールデングローブ賞で主演女優賞を獲得。

あらすじ:夫を早くに亡くし、娘エマ(デブラ・ウィンガー)と暮らしてきたオーロラ(シャーリー・マクレーン)。エマは母の反対を押し切り、結婚する。一方オーロラは、隣に引っ越してきた元宇宙飛行士の男性に心惹かれ…。

『マダム・スザーツカ』(1988年)

映画ワンシーンより。
映画ワンシーンより。

バーニス・ルーベンスによる同名小説を原作とした作品で、シャーリー・マクレーンはヴェネチア国際映画祭女優賞、ゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞。

あらすじ:ロンドンでピアノ教室を開いているマダム・スザーツカ(シャーリー・マクレーン)は、特別な才能があると分かる人物にしか教えないことで有名だった。ある日、有名ピアニストになるであろうと期待されているインド人の少年マネク(ナヴィーン・チャウドリー)に目をかける。

『マグノリアの花たち』(1989年)

左から共演のジュリア・ロバーツ、サリー・フィールド、ドリー・パートン、ダリル・ハンナと。
左から共演のジュリア・ロバーツ、サリー・フィールド、ドリー・パートン、ダリル・ハンナと。

ロバート・ハーリングの戯曲を原作とした作品。シャーリー・マクレーンは未亡人ウィザーを演じる。

あらすじ:町の社交場であるトルービィ(ドリー・パートン)の美容院でいつものようにおしゃべりに花を咲かせていた時、シェルビー(ジュリア・ロバーツ)は糖尿病の発作に襲われてしまう。彼女は結婚しても、子どもを産んではいけない身体だったのだ。幸せな結婚生活を送るシェルビーだったが、母マリン(サリー・フィールド)に妊娠したことを打ち明ける。

『イン・ハー・シューズ』(2005年)

左から共演のキャメロン・ディアス、トニ・コレットと。
左から共演のキャメロン・ディアス、トニ・コレットと。

ジェニファー・ウェイナーの同名ベストセラー小説を原作とした作品。

あらすじ:美貌とすらりとしたスタイルを持つマギー(キャメロン・ディアス)だが、問題ばかり起こし仕事もまともに続かない。一方、姉のローズ(トニ・コレット)は弁護士として立派に仕事をこなすが、自分の見た目に自信が持てないでいた。ある日、ローズの恋人と関係を持ってしまったマギーは、家を追い出されてしまい、お金目当てで長年疎遠だった祖母エラ(シャーリー・マクレーン)を訪れることに。

『バレンタインデー』(2010年)

左から共演のジェニファー・ガーナー、エマ・ロバーツ、監督のゲイリー・マーシャル、共演のジュリア・ロバーツ、ブラッドリー・クーパー、アシュトン・カッチャー、カーター・ジェンキンス、ジェシカ・ビール、ジョージ・ロペス。
左から共演のジェニファー・ガーナー、エマ・ロバーツ、監督のゲイリー・マーシャル、共演のジュリア・ロバーツ、ブラッドリー・クーパー、アシュトン・カッチャー、カーター・ジェンキンス、ジェシカ・ビール、ジョージ・ロペス。

『プリティ・ウーマン』などで知られるゲイリー・マーシャル監督作品。豪華俳優陣の共演が話題となった。シャーリー・マクレーン結婚50年を過ぎても夫に変わらない愛を誓う妻エステルを演じる。

あらすじ:2月14日、バレンタインデーのロサンゼルス。年齢も職業も違う15人の人物たちは、それぞれこの日が特別なものになることを祈っていた…。

『あなたの旅立ち、綴ります』(2017年)

共演のアマンダ・サイフリッドと。
共演のアマンダ・サイフリッドと。

シャーリー・マクレーンが製作総指揮も務めた作品。

あらすじ:悠々自適な老後生活を送っていたハリエット(シャーリー・マクレーン)。老い先短いことから、自分の訃報記事を生前に書くことを思いつき、新聞記者のアン(アマンダ・サイフリッド)に協力を依頼する。アンが記事のためにハリエットの知人にインタビューを進めると、アンを良く言う者は誰もいなかった。そんな事実を目の前にし、ハリエットは自分を変えようと決心する。

「夫」との写真4選


シャーリー・マクレーンは、1955年から1983年の間に、映画プロデューサーのスティーヴ・パーカーと結婚していました。彼は仕事の関係で1958年に日本に移住し、長い別居生活ののち2人は離婚します。日本人女性と再婚した彼は、2001年にこの世を去りました。ここからは「夫」との写真を4選ピックアップ。

1955年3月

 

1961年1月 東京にて

 

1964年3月

 

1995年3月

 

「娘」との写真5選


1956年、元夫のスティーブ・パーカーとの間に女児を授かったシャーリー・マクレーンは、子どもをステファニー・サチコ・パーカーと名付けました。ミドルネームのサチコは英語の“blessed child(祝福された子”という意味になり、シャーリー・マクレーンと親交の深かった小森和子により命名されたそうです。1985年、ステファニーはサチ・パーカーの芸名でにスクリーンデビュー。邦画『西の魔女が死んだ』に出演したことが話題となりました。

1959年

 

1959年

 

1984年

 

1996年

 

2008年6月 映画『西の魔女が死んだ』特別上映会

 

「美貌遍歴」8選


次に、シャーリー・マクレーンの30代から60代の「美貌遍歴」をお届けします。長きにわたり映画を通して人々を魅了してきた彼女の、美しい年の重ね方をチェック。

1965年1月(30歳)

 

1970年1月(35歳)

 

1975年1月(40歳) NYにて

 

1980年1月(45歳)

 

1984年4月(49歳) 第56回アカデミー賞授賞式

映画『愛と追憶の日々』で主演女優賞を獲得。
映画『愛と追憶の日々』で主演女優賞を獲得。

1990年1月(55歳)

 

1995年1月(60歳) カジノ・ド・パリにて

 

2000年12月(66歳) 第2回全米監督協会賞授賞式

 

「現在」の写真2選


最後に、公の場や撮影現場で撮影された最新の「現在」の写真をお届けします。2024年に90歳になるシャーリー・マクレーン。彼女が映画史に残してきた功績は輝かしいものばかり。改めて、彼女が出演してきた作品をチェックし、その魅力に浸りたいものです。

2019年2月 第18回AARP 大人のための映画賞授賞式

 

2021年12月 テレビドラマ『マーダーズ・イン・ビルディング』シーズン2撮影中

 
この記事の執筆者
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