自動車はラグジュアリーウォッチに例えることができます。時計における、正確な動作を約束するムーブメントはエンジンや足回りに相当し、高品質な素材を使った美しいケースやストラップは、ブランドを主張し、乗る者に満足感をもたらす内外装の仕立てやデザインに当たります。なかでも重要なのがエンジン。ドライバーの操作とリンクする力の出方や滑らかな加速、そして音。日本でも人気のBMWは航空機のエンジンを製造していたことから、自動車のエンジン開発においても定評のあるブランドです。そして、高品質なBMWを、エンジンを含めて独自の技術で調律。独立したまったく別ブランドの車両として販売しているのがアルピナです。今回は知る人ぞ知るドイツのラグジュアリーカーブランド、アルピナの魅力をご紹介します。

ワインも手がけるドイツの名門「アルピナ」

アルピナは1978年に初めてのオリジナル車を発売。写真はそのひとつで、今回ご紹介する「B8 グランクーペ」のルーツでもある「B7ターボクーペ」。(C)ALPINA Automobiles 
アルピナは1978年に初めてのオリジナル車を発売。写真はそのひとつで、今回ご紹介する「B8 グランクーペ」のルーツでもある「B7ターボクーペ」。(C)ALPINA Burkard Bovensiepen GmbH + Co. KG 
上の写真のモデルをさらにパワーアップさせた「B9 3.5クーペ」。エレガントなスタイルはリゾートに合う!(C)ALPINA Automobiles
上の写真のモデルをさらにパワーアップさせた「B9 3.5クーペ」(1982年)。エレガントなスタイルはリゾートに合う! (C)ALPINA Burkard Bovensiepen GmbH + Co. KG 

アルピナはタイプライターなどを製造する事務機メーカーとしてスタート。やがて、BMWの車両にカスタマイズを施す会社として実績を積んでいきます。技術的なアプローチを施してクルマ本来の性能をさらに磨き上げ、自動車の心臓であるエンジンに独自の部品を使い、手作業でていねいに組み立てました。そうして出来上がった車両は独自の味をもち、BMWに公認されるほどの存在となります。大量生産とは対極にあるものづくりへのこだわりは素晴らしい品質となって現れ、“調律師”アルピナは独立した自動車メーカーとして、現在では世界の目利きに愛されています。

また、アルピナの創業者は自動車ビジネスで各地を巡りながら、地産のワインをコレクションするほどの情熱家でした。ついには複数の銘柄を畑から直接仕入れ、事業化。今ではドイツ全土のレストランやホテルに提供されています。さまざまな条件を試しながら最適解を探り出し、じっくりと時間をかけて完成させていくというところは、自動車づくりにも似ていますね。

アンダーステイトメントな仕立てこそ一流の証

最新の「B8 グランクーペ」。4ドアと気づかないほどの美しいプロポーション。
最新の「B8 グランクーペ」。4ドアと気づかないほどの美しいプロポーション。
地面に近い部分の外装パーツに付くデコレーションラインとブランドロゴ。控え目なところが上品!
地面に近い部分の外装パーツに付くデコレーションラインとブランドロゴ。控え目なところが上品!

アルピナの数あるラインアップのなかでも特におすすめしたいのが、「B8 グランクーペ」です。全長5mを超す大きな車体には、走行中の空気抵抗を最適化するための専用パーツが加えられていますが、オリジナルのプロポーションを損なうことはなく、むしろ流麗さを増しています。そして車体には、ブランドの象徴であるデコレーションラインが。わかる人にだけわかる、この控え目なデザインこそがアルピナの特徴。内装もしかりで、フルレザー・メリノシートや前面パネル部分のレザー仕上げなど、質感にこだわった独自装備が中心。シフトセレクターの傍らにはシリアルナンバー付きのエンブレムが備わり、特別な1台であることを静かに主張します。

すべてのアルピナのモデルはあからさまに主張せず、アンダーステイトメントであることを好む大人のための乗り物としてつくられています。本質的なモノのよさ、それを“着こなす”心地よさを楽しみたい人には、最高のパートナーとなることでしょう。

幾何学的なデコレーションラインと細いスポークのホイール(タイヤを装着する金属製の円形の部分)に気づく人は、かなりの自動車通!
幾何学的なデコレーションラインと細いスポークのホイール(タイヤを装着する金属製の円形の部分)に気づく人は、かなりの自動車通!

目に見えない部分を磨き上げて表現された芳醇さ

モダンにデザインされた運転席周りにもレザー素材をふんだんに使用。ハンドルの握りは、手の小さい女性には少し太いかも。
モダンにデザインされた運転席周りにもレザー素材をふんだんに使用。ハンドルの握りは、手の小さい女性には少し太いかも。
美しいレザーシートは周囲の内張り含めて、好みの色でコーディネート可能。
美しいレザーシートは周囲の内張り含めて、好みの色でコーディネート可能。

個人的な話になりますが、ある日、第三京浜道路を走行中、グリーンカラーのアルピナのカブリオレが走っていました。幌を開けた車内には、こなれた感じの女性がひとり。その光景は優雅を通り越して神々しいほどで、髪が乱れないほどの速度を保ちながら一番左の車線をクルージングしていたのが印象的でした。そのとき彼女は、とても満たされた気持ちでハンドルを握っていたに違いありません。

なぜならアルピナ車の乗り味は、体の隅々まで染み込むような、豊かで奥深い芳醇さがあるのです。「B8 グランクーペ」の高性能エンジンはアクセルペダルを踏みこんでも振動が少なく、きめの細かい回り方をする心地よさ。そして、高性能を受けとめる大きく太いタイヤからのドスンとした振動や音も抑えられ、角のとれた滑らかな足腰が実に気持ちいい。

後席は3人がけで、特に足元の空間はさすがの広さ。ただし、真ん中に出っ張りがあるので、男性に座ってもらうのが無難!?
後席は3人がけで、特に足元の空間はさすがの広さ。ただし、真ん中に出っ張りがあるので、男性に座ってもらうのが無難!?

単に乗り心地がいいのではなく、クルマ全体がしなやかなばねと脚力をもつアスリートのように機能している感じです。しかもアルピナ車は、スピード重視のレース場でも無類の高性能ぶり。別のアルピナ車でしたが、以前サーキットを走行したことがあります。そのときはカーブでも余裕の踏ん張りを見せ、それでいて頭に響くような足腰のきつい硬さはなく、狙い通りの方向に向けてコントロールしていくことができました。この素晴らしい調律ぶりはクルマ好きの間で「アルピナ・マジック」と称されているのですが、もしカシミヤを贅沢に使った魔法のじゅうたんが存在するなら、きっとこんな感じだろうという気にさせるものでした。

熟練のクラフトマンシップによってつくられた、デザインも美しい時計やバッグなどの逸品は心を豊かにし、所作さえも自然とエレガントになっていくもの。アルピナを運転するということは、そんな贅沢な時間を手にすることと同義なのです。

格調高いエンブレムには製造番号が刻まれている。今回試乗した車両は68番目につくられたもの。
格調高いエンブレムには製造番号が刻まれている。今回試乗した車両は68番目につくられたもの。

【アルピナ B8 グランクーペ】

ボディサイズ:全長×全幅×全高:5,090×1,930×1,430mm
車両重量:2,140kg
車両本体価格:¥27,650,000~(税込み)
取材車両協力:ニコル・オートモビルズ(アルピナ社日本総代理店)

問い合わせ先

ALPINA ジャパン

TEL:0120-866-250(ALPINA CALL)

この記事の執筆者
総合誌編集部を経て独立。ライフスタイル全般の企画・編集・執筆を手がける。ファッションのひとつとして自動車に関心を持ち、移動の手段にとどまらない趣味、自己表現のひとつとして提案している。