本年のアカデミー賞の発表は痛快だった。辻一弘が日本人で初めてメイクアップ&ヘアスタイリング賞を授かり、そのメイクによる変身ぶりが評判となったゲイリー・オールドマンに、主演男優賞。『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』を観ることは、大学で映画論を講じていることを抜きにしても必須であると思えた。さらには、時計を語る身としても必見のフイルムだった。
チャーチルが愛用した「No.765」
オールドマンをチャーチルそのものに見せたのは、直截的にはもちろん芸術的な特殊メイクであっただろう。しかし同じように靴や服、何よりあの懐中時計の鎖でもあった。チャーチルがスーツを着ている時はすべて、独特な鎖が見えている。ひとつのピースが大きく、長方形に近い形の独特なチェーンである。チャーチルの研究者や熱狂的なファンであれば、目に焼き付いているだろう。チャーチルがそこに繋がる懐中時計を見ている写真というのはなぜか知られていないのだが、その時計は調べがついている。ブレゲの「No.765」、ミニッツ・リピーター付きフライバック・クロノグラフである。そもそもはチャーチルの親族の手元に、1890年に納められたものだ。
エンドロールには、撮影用の時計が「モントレ・ブレゲ社より供給された(provided)」とクレジットされている。ブレゲはこのために、「No.765」のレプリカを作ったのである。その一本の懐中時計は各国のプレミアに展示された。何より実物は、今もロンドンの「The Imperial War Museum (帝国戦争博物館)」内、Cabinet War Roomsに収蔵・展示されている。
イギリスの王室はじめ貴族には、歴史的にもブレゲの上得意が多い。ブレゲには、大物の時計にふさわしい品格がある。価格が高額であることも、下卑たところがないことの証明に思える。チャーチルを魅了したそのオーラを共有したいのであれば、クラシックシリーズのどれかを手に入れるといいだろう。一生ものの時計を手にしたことを、後悔することなどない。
映画の見せ場のひとつは、政敵だらけの議会で、チャーチルが初組閣に向けた世紀の大演説を行う場面である。演説直前、時間を待っているわけでも測っているわけでもないのに、彼の視線は愛用の時計の上に落ちている。時計の文字盤を見ているようで、じつは自分の運命を見つめているのだろう。片時も離さないブレゲの時計には、その価値がある。まずは、この映画を観るといい。
ブレゲの「クラシック」シリーズ現行モデル
「クラシック クロノグラフ 5287」
2018年「ブレゲ」バーゼルワールド新作時計
「クラシック トゥールビヨン エクストラ-フラット オートマティック 5367」
「クラシック エクストラ-フラット 5157」
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト