ポッシュ=気取り屋として、世界を虜したスパイスガールズ時代

私たちが女として、どうしても気になる女性の1人に、ヴィクトリア・ベッカムという人がいる。好きとか嫌いを超えて、この人の人生の紡ぎ方そのものに、ある種、圧倒されるから。“人生を成功させた女性”の筆頭に挙げられるからなのだ。正直を言えば、この人がなぜ?と思うほどに。

ヴィクトリア・ベッカムは、言うまでもなく英国の伝説的5人組女子ユニット「スパイス・ガール」の出身。1990年代、世界的な人気を誇ったアイドルグループで、デビューアルバム「スパイス」は3100万枚を売り上げる記録的ヒットを飛ばし、英国のグループではビートルズ以来と言われるほど。女性グループの世界No. 1ヒットの記録は未だに破られていない。

グループの結成時「18歳から23歳まででダンスができて歌が唄える女性」募集という告知に、約2000人が応募してきたというが、比較的身近なタイプの女性たちが選ばれたのは「ファンの女性たちが、メンバーの誰かしらにあてはまる、個性的な5人」というセレクトであったからと言う。そして、ヴィクトリアは、このグループにおいてポッシュ(気取り屋)という愛称で呼ばれる通り、基本的にどんな場面でも笑顔を見せず、いつもツンと取り澄ましていた。そんなスタイルが印象的なメンバーとして、それなりに存在感を放ってはいたが、一度もメインを張ることはなかった。

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どんな時も笑わない女、ヴィクトリア・ベッカム。1996年9月パリにて。左から時計回りに、ヴィクトリア・ベッカム(ポッシュスパイス)、ジェリ・ハリウェル (ジンジャー スパイス)、メラニー・チズム(スポーティ スパイス)、メラニー・ブラウン(スケアリー スパイス)、 エマ・バントン(ベイビー スパイス)(C)Tim Roney/Getty Images

ベッカム夫妻の総資産1兆円超えは、なぜ築かれたのか?

そういうヴィクトリアが、スパイスガール解散後、世界を席巻するようなスーパーセレブになるとは! もちろんそれはデビッド・ベッカムとの出会いに始まるわけだが、サッカーに疎く最初の出会いの時デビッド・ベッカムの存在をよく知らなかったと言うが、本当だろうか。確かに当時のスパイスガールは人気絶頂だったから、この微妙な力関係も手伝って2人は結婚に至るのだ。

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MOBOアワーズのパーティの会場で。1999年10月イギリスにて。(C)Dave Hogan/Getty Images

解散後のソロ活動でも、ヴィクトリアは唯一成功できなかったが、ベッカム妻として、ある意味の逆転現象が起きる。説明するまでもなく、ヴィクトリアはその後ファッションブランドを立ち上げ大成功させており、夫も引退後10年以上経つのに、現役時代以上の収入を得ているともされ、夫妻での収入は昨年70億円以上、一家の総資産は1兆90億円などという報道まである。

この夫婦、一体何者なんだ!?と改めて思わされるが、結局のところこうした流れは全てヴィクトリアのある種の野心が導き出したものという見方がある。

まずデビッド・ベッカムは、現役時代に圧倒的なスーパースターであったことは確かだが、引退してからさらに商品価値が高まっていったのは、むしろ妻のプロデュースの賜物ではななかったか? 本人は決してファッションセンスが良い方ではないとされ、少なくともダンディーなファッションアイコンとしてのベッカム像はヴィクトリアの作品とされるのだ。

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2022年10月、ニューヨーク・アッパーイーストにて。(C)James Devaney/GC Images

夫の浮気報道のたびに、ヴィクトリアが妊娠報告?

ただし今やさすがに騒がれなくなったが、この夫婦にはこれまで再三“離婚危機”が囁かれている。いや、危機というより、この2人がうまくいくはずがないという世間の見方があったうえに、デビッドのほうに浮気疑惑が次々に飛び出したことから、ゴシップ誌がついに離婚かと何度もブチ上げたのだ。

でも気づいていただろうか? そうした報道のたびに子供が生まれていること。男児3人、女児1人の“子沢山”は、今や仲良しファミリーの新しい看板も構築されるほどだが、まだ若かった頃の夫妻は、逆に子供を作ることで離婚危機を否定してきたと言ってもいい。これが、外でモテまくる夫を家庭に取り戻す妻の“努力”であったとしたら、やっぱりこの人、只者ならない。浮気を咎めるより、ポジティブに家族繁栄に結びつけようようという発想。素晴らしいけれど、ちょっとだけ怖い。

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デビッド・ベッカムの膝に座り、サッカー観戦するヴィクトリア・ベッカム。Miami CF 対 FC Dallas戦。2023年8月テキサス・トヨタスタジアムにて。(C)Omar Vega/Getty Images

スパイスガールの時からメンバーで最もエレガントで適度にオーセンティックで、ファッションには定評があったし、ブランド・プロデュースも成功していたはずだが、著名なファッション評論家にはワーストドレッサーに選ばれたりもしている。「不機嫌そうな顔して、次々と奇怪なタイトスカートで登場し、ミニスカートを台無しにする人」と酷評されたりした。

不機嫌なのではない、取り澄ましているだけ

ただここで思うのは、ヴィクトリアがどんな場面であれ未だにニコリともしないのは、不機嫌だからではない。まさにポッシュ、気取っているのだ。さらに言うなら、ヴィクトリアは自分の笑顔が嫌いなのである。時々うっかり出てしまう笑顔は、確かにこの人のイメージを壊すもの。ひょっとして人生のどこかで、君は笑わないほうがいいねとでも言われたのか。スパイス・ガールの戦略だったかもしれない。

どちらにせよ不機嫌なのではなく、まさにツンと取り澄ましているだけ。だから絶対に口角をあげない。時には相手を睨みつけるように、時には相手をちょっと見下げるようように、クールな視線を保ち続け、またいつどんな時でも気取ったポーズを取る、それが今もこの人のスタンスなのである。

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満面の笑みのデビッド・ベッカムに対して無表情をキメ込むヴィクトリア・ベッカム。2023年6月、ヴェルサイユ宮殿で開催されたJacquemus "Le Chouchou" のファッションショーにて。(C)Pierre Suu/WireImage

長女がまだ1歳未満の頃、片手をパンツのポケットに突っ込み赤ちゃんを片手で抱えてカメラに向けてポーズをとっていて、その見るからに危なっかしい抱き方は母親としてどうなのかと激しくバッシングされたことがあったが、これも彼女にとっては基本のスタイル。「自分がどう見えているか」かということが最も重要で、自分の娘を抱くのもポーズが決まらなければならない人なのだ。逆に言えば、カメラの前で自然な表情を見せたことは1度もないのではないかと思うほど。

言うならば、極めて「握力の強い女」?

ある意味、人生の紡ぎ方も「どう見えるか」を極めて重要と考えてきた印象がある。

無理矢理に1つの要因を探し出すならば、「友達なんか1人もいなかった」という生い立ち。子供の頃も浮いていて“いじめられっ子”だったこと。ウィキペディアによれば、裕福な家に育ち、ロールスロイスでの送り迎えを高校の同級生に揶揄されたこともあるという。

かつて“いじめられっ子”であった成功者は決して少なくないけれど、ヴィクトリアの場合は単に見返してやりたいというエネルギーなどではなく、良い意味で自己顕示欲があったこと、自分は他の人とは違うのだという、プライドの高さと良い意味でのうぬぼれがあったことで、スパイス・ガールからスーパーセレブへの道を自ら切り開けたのではないか思う。

かつての松田聖子は、「握力の強い女」と言われた。成功も家庭も、そして更なる名声も、何も諦めないことをそう表現されたのだ。ヴィクトリアはまさにそれ、黙々と欲しいものを手に入れ、強い握力で絶対放さない女性……。かくして、妻としても、母としても、そして実業家としても、何よりセレブとしても、これ以上ないほどの大成功を遂げていくのである。

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ネットフリックスの『ベッカム』プレミアにて。左からミア・レーガン(ロメオのガールフレンド)、次男のロメオ・ベッカム、三男のクルーズ・ベッカム、末っ子で長女のハーパー・ベッカム、デビッド・ベッカム、ヴィクトリア・ベッカム、長男のブルックリン・ベッカム、ニコラ・ペルツ(ブルックリンの妻)。 2023年10月、ロンドンにて。(C)Samir Hussein/WireImage

同じ野心家でも、メーガン妃とは決定的な違いがあった

同じように“何もかも欲しがるタイプ”であるメーガン妃とは、大の仲良しだったはずが、今は完全に決裂したとされるのも、メーガンのある情報をヴィクトリアがリークしたと疑い、ヘンリー王子がデビッドに抗議してベッカム夫妻を激怒させたからとの報道がある。

初対面の時は、以前からヴィクトリアに憧れていたメーガンが大変な興奮状態だったとされるから、メーガンは要するに、夫の立場をブランド化するベッカム妻のような成功を狙っていたのだろう。

その後みるみる親しくなって、自分たちの結婚式にもベッカム夫妻を招いているが、その一件があった後、ベッカム長男ブルックリンの結婚式にヘンリー夫妻は招待されなかった。ヴィクトリアは、彼らに迎合することも卑屈になることもなかったという訳だ。彼女のプライドの高さは、ロイヤルをチラつかせる相手に対しても変わることがないのだ。

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ヘンリー王子とメーガン・マークルの結婚式に参列するヴィクトリア・ベッカムとデビッド・ベッカム。2018年5月イギリスのウインザー城にあるセント・ジョージズチャペルにて。(C)Toby Melville- WPA Pool/Getty Images

野心家であるのはメーガンと変わらないが、被害妄想的に王室や友人たちの悪口を言うことで、ある種ジタバタしながらマウントを取ろうとするメーガンとは違う、ヴィクトリアは何か超然としていて、ブレれることもない、余計なことを言わず黙々と自負心をそそり立たせていて、いっそ清々しいほどの野心の見せ方とも言える。

こんな言い方は失礼なのだろうが、歌もダンスもそこそこで世界一のユニットで喝采浴び、ファッションセンスもそこそこで圧倒的なブランドビジネスを確立させる、ひたすら一家全員をブランド化することも成功していて、そこには敬意を表したいほど。ひょっとするとこの人は、ソロでは成功できなくても、メンバーの1人として、非の打ち所のないファミリーを演出することで自分と一族を輝かせる、ファミリービジネスの天才なのかもしれない。

少なくとも、常に大家族の幸せそうな映像を見せつけることには、幸せへの真っ直ぐな貪欲さが見て取れる。だから結果として素晴らしい人生のプロデューサーと言える。そこに相変わらず、笑顔は全く無いけれど。

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!も清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
PHOTO&MOVIE :
Getty Images
WRITING :
齋藤薫
EDIT :
三井三奈子