【目次】

【前回のあらすじ】

朋誠堂喜三二(尾美としのりさん)が、腎虚(じんきょ/男性機能不全)の恐怖と闘いながら執筆した青本『見徳一炊夢(みるがとくいっすいのゆめ)』が、この年(1781年)に発行された青本を評価した番付本『菊寿草』で、“極上上吉”の高評価を獲得。江戸を席巻する話題作となりました。

番付本の制作者は、当代一の文筆家であり、狂歌師でもある大田南畝(おおたなんぽ/桐谷健太さん)。SNSはもちろん、新聞やテレビもない時代、口コミの威力は絶大です。番付効果で、蔦屋重三郎(横浜流星さん)が営む耕書堂の評判は“うなぎ登り”になっていきます。

一方で、地本問屋の西村屋(西村まさ彦さん)は、鳥居清長の絵を使った『雛形若菜初模様』で一矢報いると意気込みますが、蔦重は、喜多川歌麿(染谷将太さん)に清長そっくりの画風で描かせた錦絵で対抗します。その名もひと文字違いの『雛形若葉初模様』。『雛形若葉初模様』が『雛形若菜初模様』と遜色のない美しさが保証されれば、新作着物の宣伝効果は同様に期待できるうえ、入銀の額は半分というのですから、呉服屋の旦那衆はこぞって蔦重の『雛形若葉初模様』へ乗り換えていくのでした。

蔦重がもくろむ「(この絵師は)いってぇどこの誰だ?」と評判を取って歌麿を売り込む作戦は、かつて歌麿が唐丸だったころ、蔦重が語った方法そのもの。「おまえ(唐丸)を当代一の絵師にする」計画は、着々と進んでいるようです!

蔦重(横浜流星さん)の、出版に対するまっすぐな情熱が感じられるシーン。歌麿(染谷将太さん)との兄弟のような、親友のような、温かい気持ちになれるふたりのやりとりも見どころ。(C)NHK

結局、西村屋は『雛形若菜初模様』の刊行を断念。そのうえ『細見』まで休みとなって、これに「蔦屋」の出版物を仕入れられない地本問屋たちが猛抗議。鶴屋(風間俊介さん)もやむなく、地本問屋たちが耕書堂と取引することを認めます。これにより、恋川春町(岡山天音さん)の新作『無題記』をはじめ、江戸市中における耕書堂の売り上げは、倍増していくのです。

江戸城では、将軍家継承を巡り一橋家と薩摩藩島津家の駆け引きが激化。徳川家治(眞島秀和さん)と田沼意次(渡辺謙さん)の意向に反し、一橋治済(生田斗真さん)の思惑通りの展開となっていくのでした。こちらも今後の展開から目が離せません!

(C)NHK
江戸の時代がじわじわと動いていきます。(C)NHK

【全江戸が熱狂!「天明の狂歌ブーム」とは】

■「寝惚け先生」が狂歌ブームを牽引

狂歌とは、「5・7・5・7・7」の和歌の音で、世俗的な洒落や滑稽、皮肉を詠んだ笑いの文芸です。現代では、「くだらない」「空気読まない感じがウザい」と、とかく批判の的となりがちな“おやじギャグ”ですが、狂歌のノリはまさしくおやじギャグそのもの。「そんなバナナ」「なるへそ~」「ありがとうがらし」のようなだじゃれを意味のつながる歌にして詠んだのが狂歌なのです。

おふざけ強めの戯れ歌(ざれうた)ですから、当初は和歌に敬意を払い、詠み捨てで記録には残しませんでした。ドラマでりつ(安達祐実さん)が、「そもそも詠み捨てだよ…その場のノリさ、ご大層に本にするようなもんじゃない」と言ったのは、こうした背景からきています。

そして、この狂歌を江戸で大流行させる立役者となったのが、平賀源内にその才を激賞された太田南畝です。その滑稽の才能は、彼が19歳のときに書いた狂詩集「寝惚先生文集」により、「寝惚け先生」の名で江戸中に知られていました。ドラマでも蔦重が南畝のことを「寝惚け先生か~!」と言っていましたね。第20回のタイトル「寝惚けて候」は、ここが元ネタのひとつでしょう。

南畝は江戸を代表する文化人のひとりで、狂詩や狂歌、黄表紙や随筆など文芸全般に優れた著作を残しました。狂歌は一見、くだらないダジャレの連続のように思えますが、実は和歌や漢文をもじった創作物であり、和歌のパロディ。古典の知識をもっていることが大前提です。膨大な知識に加え、即興的な頭の回転のよさも求められ、単純に「おもしろければいい」というわけでもありません。南畝をはじめ、当時の文化人たちが、身に付けた知識を活かして狂歌を楽しみたいと思ったのも、自然な流れだったのでしょう。

■「おやじギャグ」が炸裂!江戸の色男

当時の江戸においては、経済力や容姿よりも、小唄や三味線、踊りなどの芸に通じていることが「色男」の条件として重要でした。そして何より、江戸っ子は男女を問わず洒落が大好き! 男性が吉原へ出向くときにも、花魁に笑ってもらうために最新の地口(じくち/ダジャレ)をいくつも手帳に書いて出かけて行ったとか。地口を指南する師匠も存在したそうですよ。

ドラマの第1回を思い出してみてください。粋でいなせな蔦重の口から、「ありがた山の寒がらす」など、次々と地口が飛び出てきたときの衝撃を。「こんなイケメンがおやじギャグ連発?」と誰もが思ったものですが、実はあのセンスこそが、江戸の色男の必須条件だったのです。

狂歌のサロンは、「天明の狂歌ブーム」の盛り上がりとともに江戸の各所で開かれるようになり、「連」あるいは「側」などと呼ばれました。連は、幕臣や地方の藩士、武家の奥方、豪商や町人、そして吉原の旦那衆や奥さん、著名な歌舞伎役者などなど、階級や貧富、年齢、性別の垣根を越えたメンバーで構成され、現代でいうカルチャースクールのような様相を呈していたそうです。

江戸時代、「江戸の人々の識字率は世界一」とも言われていますが、庶民層に至るまで、読み書きはもちろん、高い教養を身に付けた人が多かったことを、「狂歌ブーム」が実感させてくれますね。

ちなみに、南畝主催の連は彼の狂名である「四方赤良(よものあから)」から、「四方連」と呼ばれていました。

■狂名を使えば誰もが対等

ドラマで狂歌会を仕切っていたのは、女性狂歌師の第一人者として知られた、水樹奈々さん演じる智恵内子(ちえのないし)と、ジェームス小野田さん演じる夫の元木網(もとのもくあみ)。ふたりは湯屋を経営する町人夫婦です。蔦重も、「今日の集まりは木阿連という集まりですか?」と確認していましたね。

参加者のひとりである浜中文一さん演じる朱楽菅江(あけらかんこう)は下級の幕臣。彼も江戸にその名をとどろかす狂歌界の旗手、言わばインフルエンサーのひとりです。 そして会のあとの酒席には、勘定組頭の土山宗次郎(狂名:軽少ならん。栁俊太郎さん)も参加していました。彼は田沼意次の側近であり、南畝のパトロン的存在です。なんとなく含みのある登場の仕方が気になります。

当時、狂歌を詠む人々は粋な遊び人として「狂歌師」と呼ばれ、それぞれが作者としての号・狂名(きょうめい)をもっていました。次郎兵衛兄さん(中村蒼さん)の狂名は「おとものやかまし」。「兄さんなのに『お供』はちょっと失礼かも」と見ているこちらはヒヤヒヤしましたが、当のご本人は不機嫌になることもなく、笑い飛ばしていましたね。さすが安定の癒やしキャラ・次郎兵衛さんです。蔦重の狂名は「蔦唐丸(つたのからまる)」でしたね。

狂歌が流行した要因はたくさんありますが、 身分制度の厳しかった江戸時代だからこそ、「狂名を名乗れば誰もが対等」という、知的で自由な空気感が人々を強烈に魅了したことは間違いないでしょう。それにしても、お武家様が庶民と対等な立場で歌を詠み合うなんて、これまでの時代劇ではあまり見たことのない光景です。まさに無礼講。江戸の人々の、文化に対する造詣の深さ、懐の深さを感じます。

そして、それまでは「詠み捨て」スタイルで遊ばれていた狂歌の世界に、「出版」という新たな価値を加えたのが、蔦重の功績です。狂歌師たちは自分の歌が本に載ることを励みに狂歌を詠んだり、こじゃれた狂歌本をつくることを目的に、狂歌会に参加しました。蔦重に求められたのは、本屋としての彼の人脈を生かし、会をセッティングすることでもあったのです。


【これが即興?大田南畝の超絶技巧】

とはいえ、いつもはなんでも器用にこなす蔦重も、狂歌のセンスはいまひとつだったようで…誰が聞いても垢抜けない蔦重狂歌の「お口直しに」と、南畝はこんな歌を披露します。

「あなうなぎ いづくの山の いもとせを さかれてのちに 身を焦がすとは」

「万載狂歌集 第十二 恋」から。「どこの山の芋が成ったうなぎだか知らないが、妹背の仲をさかれたうえに、背をさき開かれて蒲焼になりながらも、相手のことを思い焦がれているとは、ああ、なんという情けないことよ」(小学館「日本古典文学全集 黄表紙 川柳 狂歌」より)。

まずこの狂歌は、「山の芋が鰻(うなぎ)になる」ということわざがベースになっています。これは「起こるはずのないことが実際に起こる」という意味のたとえです。「芋」と「妹(いも)」を掛け、「背」と「夫(せ)」を掛けて、「妹背(いもせ)」、つまり恋人同士の男女、という意味を導きます。そして「仲を裂かれる」「背中を割かれる」を掛け、さらに「身を焦がす」は恋愛の情に苦しむさまと、うなぎが焼かれる姿、ふたつを掛けているのです。

なんという超絶技巧! ナンセンスを極めたオリジナリティ! なのに、あくまでさりげない。しかもこれ、即興ですよ。蔦重も感心していたように、狂歌に慣れていない私たちにも、この歌のすごさは十分伝わりますね。南畝の頭のデータベースには、どれだけの知識が詰まっているのでしょうか! 優れた頭脳をフル回転させ、一見、馬鹿馬鹿しいこと、無駄なものこそ、とことんこだわる…これこそが、江戸っ子が好んだ粋であり、洒落っ気なのです。

南畝は1749年生まれですから、年齢で言えば蔦重のひとつ上。ドラマの舞台である1781年当時は31歳ということになります。その場のノリで次から次へと繰り出す狂歌のスピード感は、学識や頭の回転のよさだけでは説明しきれない、ものすごい才能です! 才気煥発でパワフル、華のあるキャラクターは、誰もが憧れる存在だったことでしょう。

徳齋原義正道作『先哲像傳/初輯』より、大田南畝の肖像。1844年  国文学研究資料館所蔵 出典:国書データベース
徳齋原義正道作『先哲像傳/初輯』より、大田南畝の肖像。1844年  国文学研究資料館所蔵 出典:国書データベース

【小道具さん、衣装さんの仕事ぶりも「べらぼう」です】

蔦重が初めて大田南畝の家を訪ねるシーンで、手土産にしたお菓子を覚えてますか? 薄い生地をくるくると棒状に巻いて焼かれた形状が、SNSでは「まるでヨックモックのシガール!」と話題になりました。実はあれ、江戸グルメとして有名な「巻煎餅」です。吉原に店を構え、超人気店だった「竹村伊勢(たけむらいせ)」というお菓子屋さんがつくっていました。ドラマでも、「竹村伊勢」と書かれた掛け紙が映っていましたね。

つくり方と材料はシンプルです。小麦粉と砂糖をあわせて水で溶いた生地を薄く焼き、まだ柔らかいうちに引き上げて、くるりと巻き上げます。後はそのまま冷やせば、クリスピーな食感のお菓子が出来上がり。大田南畝が大喜びしていた様子からも、吉原に精通していた蔦重ならではの、気の利いた最先端スイーツだったのでしょう。

食べ物関連で言えば、ワイングラスを傾ける大奥総取締、高岳(冨永愛さん)の姿も、貫禄十分でしたね。この時代、当然のことながらワインはとても高価で、スペイン語で「赤い」を意味する「チント」をもじって、「珍陀酒(ちんたしゅ)」と呼ばれていたそうですよ。贈答用といいますか、いわゆる袖の下(賄賂)として、さぞや重宝されたことでしょう。

そしてもうひとつ。狂歌会で大田南畝が着ていた着物、ちょっと変わった柄でしたね。お気付きでしたか? 実はあの柄は、戯作者・山東京伝による『小紋雅話(こもんがわ)』に掲載された「鰻つなぎ」の文様です。『小紋雅話』は京伝がデザインした文様の本の名前です。

『小紋雅話』には、この文様の説明として、「鰻つなぎは、うらみつらみの地口のようだ。この文様を褌(ふんどし)にすれば『腎虚』に効果あり」と書かれています。やはり鰻は南畝が言う通り「ムラムラ」の象徴なんですね(笑)。朋誠堂喜三二(尾美としのりさん)は、すっかりお元気なのでしょうか? 教えて差し上げたいですね! 

それにしても、大河ドラマ『べらぼう』の小道具さんも衣装さんも、凝りに凝っています。


【「大人の語彙力」番外編】

そして最後にひとつ、「大人の語彙力番外編」をお届けしましょう。狂歌会では、南畝自身が狂歌の指南役を務めていました。

■よく間違える「指南」と「教授」「教示」の違いは? 

「指南」とは、囲碁や将棋、剣道などの武術、日本舞踊や琴といった芸能などを、その指導者の理論や見識に基づいて教えることを指す言葉。まさに今回の大田南畝こそが狂歌の「指南役」、というわけです。類義語である「教授」は、「学問や技芸を教え授けること」。茶道や陶芸を習うときなど、継続的に教えを受けるときに使われます。「教示」は長々と教えるのではなく「ひとつの事柄に対して具体的に教える」という感じの、比較的コンパクトなイメージです。
もうこれで「指南」と「教授」、「教示」を間違えることはないですね!

大河ドラマ『べらぼう』で描かれた狂歌会は、丁々発止なやり取りに機知が溢れる、まさに当時の「江戸の最先端」を象徴するような催しでした。性別や身分、世代も違う人々が集まって醸す自由な雰囲気は、蔦重にとっても初めての経験だったことでしょう。しかも大田南畝は「朝もよし、昼もなおよし晩もよし、その合間にチョイチョイとよし」と詠んだことでも知られる、無類の酒徒(酒好きの人)。蔦重がしたたかに酔ってしまうのも無理ありません。

すっかり酔っぱらった蔦重は、その勢いで「狂歌は俺が流行らせる!」と豪語し、歌麿に抱きついたまま寝入ってしまいます。まさに第20回のタイトル「寝惚けて候」といった展開ですね!


次回 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第21回 「蝦夷桜上野屁音(えぞさくらうえのへおと)」のあらすじ

蔦重(横浜流星さん)は、歌麿(染谷将太さん)と手掛けた錦絵が売れず、さらに鶴屋(風間俊介さん)で政演(古川雄大さん)が書いた青本が売れていることを知り、老舗の本屋との力の差を感じていた。
そんななか、南畝(桐谷健太さん)が土山(栁俊太郎さん)の花見の会に狂歌仲間を連れて現れる。蔦重はそのなかに変装した意知(宮沢氷魚さん)らしき男を見かける。一方、意次(渡辺謙さん)は家治(眞島秀和さん)に、幕府のため、蝦夷地の上知を考えていることを伝える…。

※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第20回「寝惚けて候」のNHKプラス配信期間は2025年5月25日(日)午後8:44までです。

この記事の執筆者
美しいものこそ贅沢。新しい時代のラグジュアリー・ファッションマガジン『Precious』の編集部アカウントです。雑誌制作の過程で見つけた美しいもの、楽しいことをご紹介します。
WRITING :
河西真紀
参考資料:『デジタル大辞泉』(小学館)/『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 後編』(NHK出版)/『一日江戸人』(新潮文庫)/『江戸塾』(PHP文庫)/『蔦屋重三郎と江戸の風俗』(青春文庫) :