【目次】

【前回のあらすじ】

第22回「小生、酒上不埒(さけのうえのふらち)にて」は、前回、北尾政演(古川雄大さん)が『御存商売物(ごぞんじのしょうばいもの)』で大田南畝(桐谷健太さん)の番付で1番を取ったことに憤慨し、その場で文字通り筆を折った恋川春町(岡山天音さん)が、自らの殻を破り、再生を果たしたドラマチックな回でした。

岡山天音さんといえば、『ミステリと言う勿れ』(2022年 フジテレビ系)での下戸陸太や、『ライオンの隠れ家』(2024年 TBS系)の青年・X、映画『キングダム』シリーズの尾平など、過酷な運命のなかにも光を見つけて懸命に生きようとする人物を好演する印象で、今回の大河ドラマ『べらぼう』でも、自身の作風と性格とに葛藤しながら、多少の“拗ね”は見せながらも、“ちょうどいい塩梅”で心を開いて周囲に溶け込む意欲を見せる、というハートウォーミングな流れがありました。ラスト、蔦重(横浜流星さん)が作家たちを集めて主催した忘年会での“フンドシ姿でのへっぴり芸”の衝撃はなかなかのものでしたが、それこそ真面目一辺倒、今で言うなら「陰キャ」な春町の新たなスタートの象徴として最大限の機能を生み、かつ、『べらぼう』の根底に常にあるエンターテイメント、「笑い」も盛り込んだ演出といえましょう。それにしても、男の人がいくつになっても下のネタで大笑いできるというのは、江戸時代も変わらないんですね。いったい何がおもしろいのやら。

一方、『べらぼう』ファンの女性陣を震わせたのが、花魁の誰袖(福原遥さん)の変貌。蝦夷地を幕府の直轄地・天領とするために画策を始めた田沼意次(渡辺謙さん)の嫡男・意知(宮沢氷魚さん)にスパイとなって情報を渡す見返りに身請けを求め、蝦夷地の松前藩主・松前道廣(えなりかずきさん)の弟、松前廣年(ひょうろくさん)を色気で落とし、意知に証拠不十分だと一蹴されると、ならば、自ら抜荷(ぬけに)をするように陥れてしまいましょうと提案する…。怖い。

SNS界隈でも、「蔦重を追いかけまわしてキャッキャしていた小娘ちゃんだったのに知らないうちに小悪魔になっていた」「今でさえ、かなりドラマ性の高い生き方なのに、そこで生きているとそれ以上の刺激がほしくなってしまうものなのか…」「顔が好きていうだけで、こんなことができるなんて、ぶっ飛んでる。敵にしたくない」とざわついています。とびきりの交換条件をつけなければ身請けしてもらえないような相手を好きになってしまうのは辛いもの。ですが、逆に言えば、好意がなくても身請けしてもらえるほどの交換条件を提示できた誰袖は賢いといえなくも…どうでしょうか。

女性慣れしてないからか、抜荷の指摘をされることを恐れているのか、花魁の誰袖(福原遥さん)に迫られて動揺する様子がリアルすぎる、と話題のひょうろくさん。(C)NHK
女性慣れしてないからか、抜荷の指摘をされることを恐れているのか、花魁の誰袖(福原遥さん)に迫られて挙動不審となる様子がリアルすぎる、と話題のひょうろくさん。(C)NHK

抜荷(ぬけに)とは】

さて、老中 田沼意次たちが、蝦夷地を幕府の直轄地・天領とするために掴もうとしていたのが蝦夷地を統括している松前藩主の抜荷の証拠です。

抜荷とは、本来幕府に申告すべき貿易品・輸出入品を届け出ず、密かに積荷を抜き取って売買する密貿易のこと。また、藩の専売制度を犯して密かに売買した品物そのものも、抜荷と呼ばれていました。

鎖国政策が敷かれていた当時、輸出入は長崎など、限定的だったものの、ロシアが北方から日本に接近し、毛皮や海産物、翡翠や琥珀といった取引がされていました。そのなかで、ひそかに抜荷が行われ、国内に持ち込まれ、法を逃れて売買がされていたです。今で言う「闇取引」ですね。もちろんこれはご法度で、この証拠をつかめれば、松前藩主から蝦夷地を正当な理由で召し上げられるというわけです。

松前藩は財政的に苦しく、幕府の監視の目が緩い北方交易で私腹を肥やす者もいたというウワサがあり、松前藩の密貿易疑惑に目を付けたのが田沼意知。そしてそれに加担するのが花魁誰袖…。密貿易が問題視されていたことは事実ですが、実際のところは…どうなんでしょう。そしてふたりはどうするのでしょう。今後の展開に注目です。

花魁誰袖に「顔が好き」と惚れられた男、田沼意知(宮沢氷魚さん)。『べらぼう』22回の時代設定は天明3(1783)年ごろ。「佐野政言事件」による意知の享年を考えるとハラハラしますが…。(C)NHK
花魁誰袖に「顔が好き」と惚れられた男、田沼意知(宮沢氷魚さん)。『べらぼう』22回の時代設定は天明3(1783)年ごろ。「佐野政言事件」による意知の享年を考えるとハラハラしますが…。(C)NHK

【廓ばかむら費字尽とは?】

筆を折った恋川春町(岡山天音さん)が仲間から「春町さんが描く絵が好き」「いなくなると寂しい」と言われて心を開いた際、心機一転の作として蔦重が目を付けたのが春町の「皮肉がうまい」という才。そこから生まれたのが、『廓ばかむら費字尽』です。これは吉原遊郭や廓通いの遊客たちの様子、花魁文化などを、風刺的に描いた読み物で、江戸時代、文字を覚えるための教科書の定番だった『小野篁歌字尽(おののたかむらうたづくし』のパロディー。タイトルは「さとのばかむらむらずくし」と読み、『小野篁歌字尽』と読みの音も似せています。

『小野篁歌字尽』は、同じ偏やつくり、画数のものなどがまとめられ、覚えやすい歌と洒落の効いたイラストで構成されたもの。なかには、男を3つ書いて「たばかる」、女を3つ書いて「かしまし」など、実際にない「ウソ字」も紹介されています。

廓〇費字尽 恋川春町著 天明3(1783)年 国立国会図書館デジタルコレクション ※二文字目の〇は「愚」に竹冠がついて「ばかむら」。存在しないウソ字です。
廓〇費字尽 恋川春町著 天明3(1783)年 国立国会図書館デジタルコレクション ※二文字目の〇は「愚」に竹冠がついて「ばかむら」。存在しないウソ字です。
廓〇費字尽 恋川春町著 天明3(1783)年 国立国会図書館デジタルコレクション ※二文字目の〇は「愚」に竹冠がついて「ばかむら」。存在しないウソ字です。
廓〇費字尽 恋川春町著 天明3(1783)年 国立国会図書館デジタルコレクション ※二文字目の〇は「愚」に竹冠がついて「ばかむら」。存在しないウソ字です。
廓〇費字尽 恋川春町著 天明3(1783)年 国立国会図書館デジタルコレクション ※二文字目の〇は「愚」に竹冠がついて「ばかむら」。存在しないウソ字です。
廓〇費字尽 恋川春町著 天明3(1783)年 国立国会図書館デジタルコレクション ※二文字目の〇は「愚」に竹冠がついて「ばかむら」。存在しないウソ字です。

一方の『廓ばかむら費字尽』の本のタイトルにある「ばかむら」とは「莫迦村(ばかむら)」のこと。遊郭通いに夢中になって道楽にふける男たちを「ばかむらの住人」と揶揄して表現しているのです。また、「ばかむら」は「愚」に竹冠がついている、存在しないウソ字です。書の中にも、ドラマにも登場した「金を生かすのが“つう”」「金を無くすのが“むすこ”」「金の番は“おやぢ”」左に「男」右に鏡文字になった「女」で「ふる」など、洒落の効いたウソ字が満載。絵を盛り立てています。まさに春町の真骨頂というところでしょう。

このような戯作や滑稽本は、格式や品格を重視した公式なガイドブックである『吉原細見』などとは違い、当時の世間の風刺や風俗感覚が強く、市井の人々の笑いや皮肉が描かれ、現在、遊郭文化の空気感を伝えるのに非常に重要な一時的資料として位置づけられています。

このころ、春町は狂歌に熱中し、22回のタイトルにもなった「酒上不埒(さけのうえのふらち)」という狂名でも活躍。あのフンドシ姿へっぴり芸も“酒のうえ(宴席)の不埒”で伏線回収なのかもしれません。そう考えると納得ですね。

今回、出番少なめの蔦重。大ラス、振り散る雪のなか、軒にかけたちょうちんの光を背中から浴びながら傘をさして憂い顔で見つめる姿はサービスショットレベル。(C)NHK

【次回 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第23回「我こそは江戸一利者なり」のあらすじ】

狂歌で南畝(桐谷健太さん)の名が江戸中に知れ渡り、蔦重(横浜流星さん)が手掛けた狂歌の指南書『浜のきさご』などが飛ぶように売れた。耕書堂は江戸で大注目の本屋となり、蔦重も江戸一の目利きと呼ばれる。そんなとき、須原屋(里見浩太朗さん)から日本橋に進出することを勧められる。一方、誰袖(福原遥さん)は、蝦夷地の駆け引きで、商人を通さず直接オロシャ(ロシア)から琥珀を買い付けてはどうかと、松前廣年(ひょうろく)を口説こうとするが…。

※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第22回「小生、酒上不埒(さけのうえのふらち)にて」のNHKプラス配信期間は2025年6月15日(日)午後8:44までです。

この記事の執筆者
美しいものこそ贅沢。新しい時代のラグジュアリー・ファッションマガジン『Precious』の編集部アカウントです。雑誌制作の過程で見つけた美しいもの、楽しいことをご紹介します。
WRITING :
簗場久美子
参考資料:『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 後編』(NHK出版)/『世界大百科事典』(平凡社)/『蔦屋重三郎 江戸のメディア王と世を変えたはみだし者たち』/『全文全訳古語辞典』(小学館) :