妻夫木 聡さん
俳優
(つまぶき・さとし)1980年生まれ、福岡県出身。1998年俳優デビュー。NHK大河ドラマ『天地人』をはじめ、数々の話題作に出演し、映画『悪人』『怒り』など受賞歴多数。2023年には『ある男』で12年ぶりに日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。NHK連続テレビ小説『あんぱん』での力演も反響を呼ぶ。9月19日(金)公開の主演作『宝島』ではアメリカ統治下の沖縄を舞台に、自由を求め懸命に生きた若者の葛藤と友情を体現。実在の事件をモチーフに、歴史の陰に埋もれた真実に迫る。

言葉にできない想いを役に宿して伝承する使命

インタビュー_1
俳優・妻夫木聡さん

語られずにきた声がある。届かぬまま埋もれた願いがある。9月19日公開の映画『宝島』が描くのは、アメリカ統治下にあった1950〜70年代の沖縄で、時代に抗いながら命を燃やした若者たちの物語だ。主演を務めた妻夫木聡さんは、作品公開を前に全国各地を巡り、自らの言葉でその想いを届け続けている。

「舞台となった沖縄・コザの街に初めて訪れたのは、20代半ば。『涙そうそう』の撮影のときでした。当時お世話になった方々は、今も家族のように親しくしてくださって。同じ街を舞台にした『宝島』への出演には、導かれているような感覚がありました。皆さんから受け取ったものを伝えなくては、という使命感のようなものが芽生えたんです」

インタビュー_2
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役を通して受け継ぎ、伝承する。その覚悟を支えるのは、現地で体感した記憶だ。

「沖縄といえば、リゾートのポジティブな面が思い浮かびますよね。でも以前、現地の親友に連れて行ってもらったカフェでは、おしゃれで景色も美しく、今日はゆっくりするのかなと思っていたら、上空で戦闘機が飛んでいた。その轟音に圧倒されていたら、『妻夫木、これが沖縄よ』と言われ、はっとしました。終わったはずの戦争が、まだ日常にある。沖縄県外で育った僕たちは、どこかで見て見ぬふりをしてきたのかもしれない。同じ日本に生きていながら、知らずに、考えずに過ごしていることがある。だからこそ、エンターテインメントの力で届ける意味があると感じています」

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受け取った想いを背負って、次の世代へ手渡していく。過去と未来をつなぐ“橋”になる

「仕方なかった」で済ませてはいけない現実、それは過去だけのものではない。

「人権や尊厳、自由。言葉にすると壮大で、何ができるだろうと戸惑ってしまう。でも、今僕たちが平和に暮らせているのは、沖縄の人々が痛みを抱えながら歩んできた歴史があるから。その重みを背負って、次の世代に手渡していきたいと思っています。この作品が、“橋”のような存在になれたら」

その眼差しは、自身が演じた主人公・グスクに重なる。人間の良心に託された希望を、深く映し出した。

「表層だけをなぞると、怒りばかりが前に出てくる。僕自身の強い想いが芝居を邪魔しないように、“グスクとして生きること”を大事にしていました。終盤、窪田正孝くん演じるレイとぶつかるシーンでは、ふたりの軌跡が走馬灯のように駆け抜けて、台本を何度読んでも想像できなかった感情が突然湧き上がってきたんです。沖縄の地にもらった力と、窪田くんとの信頼関係があったから生まれた瞬間でした」

自分が何者なのか見失いかけた時期もあった

インタビュー_4
自分を偽って見合わないことはしない。どうありたいか、欲求に素直に生きていたい

20年以上、日本映画の中核を担ってきた妻夫木さん。40代を迎え、余白の時間も味わっている。学生時代に苦手だったことにも、あえて挑戦してみたという。

「子どもと一緒に英語を学び直したり、ボクシングを始めたり。思いのほか楽しかったんです。社会を見てきた経験を経て知ることのおもしろさや、初心者に戻る新鮮さがあって。大人になってからの勉強は、人生をもう一巡するような感覚ですね」

まっすぐな感性が、さらなる引力を生む。

「偽りの自分は見せないし、見合っていないこともしない。どうありたいかという欲求に素直に生きていると、ふと新しい自分に出会える気がします」

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「ただ全力で演じれば、それが周囲にも伝播すると思えるようになりました」

飾らない姿勢は、座長としての所作にも通ずる。『宝島』の撮影では、共演者に現地の人々と交流する機会を設けたことも。

「ちょっとおせっかいだったかなと反省もしました(笑)。でも、沖縄の気配を少しでも共有できたらいいなと。20代の頃は、“現場を引っ張らなきゃ”と気負いすぎて、自分が何者なのか見失うこともありました。でも、映画『悪人』で、初めて芝居にだけ集中できた。何かを足そうとしなくていい。ただ全力で演じれば、それが周囲にも伝播すると思えるようになりました」

正直な自分で関係を育んでいく。芯にあるのは、相手も自分も縛らない、潔さ。

「相手に求める前に、まずは自分が信じる。もし嘘が見えたら、去る者は追わず。友情でも恋愛でも、なんで仲よくなったのか、説明のつかないことばかりですよね。大切なのは、先へつながる信頼を築けるかどうか。それだけで、十分です」


■映画『宝島』9月19日全国ロードショー!

(C)東映,ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
(C)真藤順丈/講談社 2025「宝島」製作委員会

■あらすじ:戦後の沖縄を舞台に時代に抗う若者たちの姿を描き、第160回直木賞を受賞した真藤順丈の小説「宝島」を映画化。戦後の沖縄、アメリカ統治下の1952年。米軍基地から物資を奪い、困窮する住民にそれを分け与える若者たち――“戦果アギヤー”と呼ばれる集団がいた。幼なじみのグスク、ヤマコ、レイ、そして彼らの英雄的リーダーであるオン。しかし、襲撃の夜、オンが突然姿を消す。残された3人はそれぞれの道を歩んでいくが、アメリカに支配され、本土からも見捨てられた環境で、思い通りにならない現実にやり場のない怒りを募らせていく。

妻夫木 聡
広瀬 すず 窪田 正孝
中村 蒼 瀧内 公美 / 尚玄 木幡 竜 奥野 瑛太 村田 秀亮 デリック・ドーバー ピエール瀧 栄莉弥
塚本 晋也 / 永山 瑛太

原作:真藤 順丈『宝島』(講談社文庫)
監督:大友 啓史 
脚本:高田 亮 大友 啓史 大浦 光太 
音楽:佐藤 直紀
配給: 東映/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント


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TEXT :
Precious.jp編集部 
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『Precious10月号』小学館、2025年
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佐藤久美子