不朽の名作『アニーホール』現象は、ダイアン・キートンなしには起きえなかった
1970年代に一世を風靡し、それから約半世紀を経て、齢60代70代にして再ブレイクを果たした女優ダイアン・キートンが、先ごろ79歳で亡くなった。ファンならずとも、特別な人を失ったという強い喪失感を覚えた人が少なくないのではないか?
1977年の映画『アニーホール』を知っているだろうか。それこそアカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞そして、主演女優賞まで総なめ、同年に公開された『スター・ウォーズ』に勝っているわけで、どれだけ高い評価を得たかがわかるはず。革命的とも言われたモダンなラブコメであり、男と女が出会って恋をして会話して理解しあって、でもすれ違っていくという、ある種リアルなストーリーを、過去、現在、未来、そして複雑な心情や哲学までを絡めながら描いていくという、実験的な作品だった。このスタイルが映画界に大きな影響を与えたのは事実が、どんな試みも同作品を超えられなかったのには理由がある。
ヒロインであるアニーホールを演じたのが、ダイアン・キートンだったこと。もしこれを別の女優が演じたら、この映画がここまでのパワーを持ったかどうか? そう言われるほど、ダイアン・キートンの魅力があまりにも濃厚に凝縮されていたということがひとつ。
もうひとつに、監督と脚本、主演を務めたウディ・アレンと、ダイアン・キートンが、私生活でも特別な関係にあったこと。逆を言えば、この作品自体が2人のリアルな関係を描いたものだったとさえ言われるほど、彼らでなければ作れなかった作品なのだ。
またウディ・アレン監督自身が、ダイアン・キートンの意見を何よりも尊重し、彼女が嫌と言った事は決してやらなかったとも言う。
ほとんど私服で通したファッションが「アニーホール・ルック」として世界中のトレンドに
ちなみに、この映画でのダイアン・キートンのファッションは、「アニーホール・ルック」と呼ばれ、当時世界的なトレンドとなったほど。例えば、男物のオーバーサイズのジャケットやベストを重ね着し、太いズボンかロングスカートにブーツ。ラルフ・ローレンのものが多かったと言うが、これらの多くが私服だったこともわかっている。
いずれにせよこの映画の成功は、ダイアン・キートン自身の魅力によるところがあまりに大きかったのだ。いやこの人が60代以降、再ブレイクを果たした際の主演映画の多くも、演技と思えないほど、本人の素顔の魅力が満ち溢れていてた。そもそも60代70代でラブコメの主演を演じた人など、後にも先にもこの人しかいないのだから。
『恋愛適齢期』(57歳で主演)から始まり『最高の人生の作り方』『また、あなたとブッククラブで』などで見せた"恋する女"は、なるほど私たち女はこんな風に歳をとれば良いのだ、そうすればいくつになっても恋愛ができるのだと気づかせてくれたはずである。
この人の魅力をなんとしても目に焼き付けておきたい
とにかくこの人の60代からの美しさと可愛らしさ、そしてずば抜けたファッションセンスは、今からでもいい、絶対に見ておいて欲しい、いや目に焼き付けておいてほしい。おそらく年齢を重ねてからの主演映画でもファッションは私物であっただろうし、若い頃のアニーホール・ルックとは全く異なる軽やかなフレンチトラッドも、今や密かなブームとなっているほど。
トレードマークは、ポーラーハットと黒縁のメガネ、そして満面の笑顔。首の詰まったトップスを着ることも多かったが、後にそれが20代の頃から診察を受けていたと言われる皮膚ガンのためだったかも知れないことが噂されたりもしたけれど、そんなことを微塵も感じさせないほどの澄み切った笑顔と前向きなオシャレは、大人世代にどれだけの勇気と元気をもたらしたかわからない。
いや、それ以上に、みんなこの人が大好きだったと思う。男も女も、老いも若きも。
実際この人は、モテまくった。一度も結婚はしていないが、共演者としばしば恋の噂が出るのはその証。共演者といちいちくっついてしまう女優は、一般的に決して良くは言われないはずだが、この人の場合は逆。先に述べたウディ・アレンとの仲は有名だけれど、何といっても『ゴッドファーザー PART II』で共演したアル・パチーノとは、非常に長い交際を続け、その期間15年とも言われるが、後にアル・パチーノはなぜ彼女に結婚を申し込まなかったか、との後悔が今あると語っている。
また『恋愛適齢期』で共演したジャック・ニコルソンとの恋も噂されたし、『レッズ』で共演したウォーレン・ビーティーとも恋仲であったとされる。一緒に仕事をすると、どうしても心惹かれずにいられない人、なのだろう。そういう人って稀にいるのだ。
20代の頃より、60代70代の時の方が、むしろ美しかったとも言える人
だいたいが私たち自身どの作品を見ても、映画の中のこの人に恋をしてしまう。本人の魅力が映画のストーリーや役柄を超えてしまうのである。そんな人ってなかなかいない。
自らもいきなり心を開いて、相手を受け止めると同時に、自分も相手の中に入り込んでいく、人との親和性が極めて高い人物であったのだろう。誰も抗えない磁力を持っていると言ってもいい。
それをどうしても見て欲しいのだ。映画だけでも十分に伝わるから。
見方によっては、20代30代の頃よりも、60代70代の方が人に対しての求心力はもちろんのこと、美しささえ増していた。その量も質も。歳を重ねても重ねても美しさが増えていくような、そういう生き方ができること、まざまざと教えてくれる人なのである。だから、80代90代になったこの人を見られないのは、なんとしても残念だが、あるいはこの先も、ダイアン・キートンだったらこの場面で何を着ただろうと考えるのかもかもしれない。
そして、年齢を超えて人を惹きつける力を持つということは、こういうことなのだと、それを強烈に見せつけていった人の存在美は、きっといつまでも忘れることはできないのだろう。ともかく素晴らしい人だった、掛け値なしにそう言える。

- TEXT :
- 齋藤 薫さん 美容ジャーナリスト
- PHOTO :
- Getty Images
- WRITING :
- 齋藤薫
- EDIT :
- 三井三奈子

















