魔性の女、小悪魔の定義に、これほど見事に当てはまる人はいない

魔性の女、小悪魔、そして悪女………その定義を一言で言うならば、男たちを翻弄し、女たちを不安にさせ、イライラさせる女。だとすれば、その定義に歴史上もっとも鮮明に当てはまるのが、ブリジット・バルドーという人だったのだろう。事実、彼女は自らこう言った。「私の野生的な自由さは、ある人々を動揺させ、ある人々を苛立たせた」。

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1966年パリにて。(C)KEYSTONE-FRANCE/Gamma-Rapho via Getty Images

しかもこの人は、とても重要な真実を教えてくれた。魔性や小悪魔性は、演技ではおよそ作れないこと。例えばだけれど、映画『氷の微笑』ではシャロン・ストーンが映画史に残るような魔性を演じたとされるが、もしも問題のシーン………警察での取り調べの時、パンティを履かずにミニドレスで足を組んで、刑事たちを動揺させた、あの場面がなかったら、評価は全く違ったものになっていただろう。
逆にブリジット・バルドーは、何をやっても誰を演じても魔性がほの見えてしまう。どうにも抗えない小悪魔性を細胞レベルで持っていたから。そして実際、彼女の人生は、天性の魔性であらゆるタイプの男を翻弄し、虜にしてしまう、全くもって特別な力を持っていたという事実を完全に裏付けるのだ。

稀にいる。そういう人。少なくとも私たちにとって、自分の恋人や夫には決して近づけたくない、合わせたくない女……そう言って差し支えがないと思う。

次から次へと絶え間なく、男を渡り歩く女

とは言え、悪女は今時、流行らない。時代的に、夫を裏切る妻など世の中が許さない。ましてや、そういう意味で性的に奔放で背徳的な女優が第一線を張るなど、あり得ないこと。しかし、 ブリジット・バルドーはまさにそういう存在だった。

映画の中でも、数々悪女を演じているけれど、誰も本人にはかなわないほど。その象徴と言えるのが、彼女を世界的に有名にした映画『素直な悪女』のヒロインだった。当時の夫、ロジェ・ヴァディムが監督をつとめているのに、事もあろうに共演した男優ジャン=ルイ・トランティニャンと恋に堕ちてしまう。いわゆるダブル不倫の状態となり、すぐさま同棲し、結局どちらも離婚しているのだ。

しかし、今度は彼の兵役中に、歌手のジルベール・ベコーと浮気して、トランティニャンとも早々に別れているが、またすぐ別の歌手と交際を始め、その翌年にはまた別の男性、『バベット戦争に行く』という映画の共演者だった俳優、ジャック・シャリエと再婚している。
そして翌年に出産を終えると、たちまち仕事復帰し、その復帰作『真実』で共演したサミー・フレーとまたまた恋に堕ち、夫と別居して同棲を始めてしまっているのだ。

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映画『バベット、戦争へ行く』撮影現場でのジャック・シャリエとブリジット・バルドー。(C)Sunset Boulevard/Corbis via Getty Images

何という忙しさだろう。何というエネルギーだろう。いやそれでもまだ終わらない。「恋をしていないとき、私は醜くなる」「1人で寝るなど考えられない」との言葉を残した通り、365日恋をし、わずかも途切れず次の恋をする人だった。
だからそのサミー・フレーとの不倫も、別居中の夫ジャック・シェリエとの離婚が成立する頃には、終っていたと言われる。そして数年後には実業家と結婚。しかし今度はハネムーンが終わると同時に別居に入っている。
その後も数々の浮名を流したことは言うまでもないことだが、マスコミももはやいちいちスキャンダルとして取り上げることがなくなってしまったのか、誰とどう恋愛したかがあまり定かではない。

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ブリジット・バルドーと、彼女の3人目の夫であるドイツ人実業家ギュンター・ザックス。ロサンゼルス国際空港からタヒチのパペーテに向かった。(C)Bettmann/Getty Images

動物のように本能の赴くままに、それでも支持されたのはなぜ?

ほとんど、動物的と言っていい。出会う男、出会う男を全く無差別に虜にし、自らも恋をする。しかし信じられないスピードで、飽きてゆく。当然のことながら、ブリジット・バルドーは激しい批判にさらされた。
倫理観と言うものをおよそ持たない、社会の常識よりも自らのルールを押し通し、理性よりも本能で生きていく女優を、やっぱり世間は許さなかった。それでも人気は衰えることはなく、トップ女優としての地位を明け渡すことはなかったのだ。

いや普通ならば、淫乱呼ばわりされて終わり。映画界を追放されてもおかしくない。しかしブリジット・バルドーはそれでも不世出の美女として敬われた。ましてや、そういうパターンになることがわかっているのにもかかわらず、男たちが次々と彼女に夢中になっているのは一体なぜ?
それこそが正真正銘の魔性だからに他ならない。彼女がとった行動よりも、その容姿から、その言葉から、またファッションから醸し出される圧倒的な魅力が優ってしまう。それでも許されてしまう不思議に、また世界中が惹きつけられたのだった。

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1950年代のブリジット・バルドー(C)FilmPublicityArchive/United Archives via Getty Images

それも、彼女の中に衝動をもたらすのは決して野蛮なエネルギーではなかったから。想像を超えるような感性の仕業と思われたから。家はパリ6区、父親は実業家という裕福で厳格な家に育ったこと、じつはバレリーナを目指していたことも、無関係ではないと思う。

この人はいつもヌードを想像させる露出の多いファッションと、ついさっきまでベッドで恋人と戯れていたに違いないと思わせる乱れた髪と、しどけないポーズでポートレートに収まってきたが、そこにもなんだか不思議な品格というものが感じられた。ある種の知性と冒しがたい愛らしさのようなものが覗き見え、それこそがこの人が決定的に糾弾され排除されなかった理由なのではないか?

理屈抜きに人を虜にしたいなら、もっとこの人を知ろう

女優引退は、キャリアの絶頂にあった39歳の時。早すぎる引退は時代もあるけれど、潔い引き際だった。ただそれも女優として演じることより大切なものを見つけてしまったから、というのが真相らしい。
撮影現場で、明日処分されるという子ヤギを買い取って飼い始めたと言うが、その時、楽屋の鏡をみて、自分は一体何をやってるの? こんなことをやっている場合ではないと感じたと、のちのインタビューで答えている。
かくして、女優から一転、動物愛護の活動にシフトいていく。「私は若さと美しさを男性に与えた。これからは、知恵と経験を動物に与える」との発言も有名。それこそ動物的なまでに本能の赴くままに、愛をむさぼってきたブリジット・バルドーには、何かそうしたプリミティブな情動を生きる遺伝子が備わっていたということだろうか。

やがてはついに"打ち止め"とも言える最後の結婚をする。58歳。極右政治家ジャン=マリー・ル・ペンの顧問でもある実業家との結婚は4度目になるが、結局、ブリジット・バルドーは先日91歳で生涯を終えるまで、この人と添い遂げている。晩年は幸せだったのだろう。

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2001年10月、パリにあるカルヌールの愛犬保護施設「ザ・ナイス・ドッグス」を訪問。(C)Charly Hel/Prestige/Getty Images

引退後、同年代の女優たちが美容整形に走る中、その衰えをマスコミにどんなに揶揄されようと、何の処置もせず、ありのままの自分を通したのも何か一貫している。
「私はただ、自分がなりたい人間であっただけ。ナチュラルで寛大で、正直だっただけ」
稀代の悪女か、愛の女神か、どちらの面も持ち合わせた世紀の官能美女は、前にも後にも代わりがいない、全く持って唯一無二の人だった。この人をお手本にと思うほどに"意識の高い人"は多くはないのだろうが、でも魔性や小悪魔性をちょっとでも持ちたいのならば、そして誰かを虜にしたいのなら、この人をもっともっと知るべきだ。若い頃のすべての映画、すべての写真にそのヒントがある。そして残した言葉、人生そのものに教えがある。
いわゆるMeToo運動の中、セクハラ告発した女優らを「偽善的で、ばかばかしい」と言って憚らなかった。「役を得るためにプロデューサーといちゃつく女優はたくさんいる」とあの潮流の中で堂々と言える、それがこの人なのである。

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!も清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
PHOTO :
Getty Images
WRITING :
齋藤薫
EDIT :
三井三奈子