山田洋次監督の喜劇映画『家族はつらいよ』シリーズが3作目を迎えました。このシリーズは、3世代で暮らす平田家を舞台に、毎回てんやわんやの大騒動を通して家族のドラマが描かれます。
第1作は「熟年離婚」、第2作は「無縁社会」がテーマでしたが、今回は、山田監督が女性たちへ贈る「主婦への讃歌」がテーマ。家族の内側に内在していた夫婦の問題が噴出し、家族がどう乗り越えていくか?が見どころです。橋爪 功さん、吉行和子さん、西村まさ彦さん、中嶋朋子さん、林家正蔵さん、妻夫木聡さん、蒼井 優さんなど、錚々たる俳優陣が出演していることでも話題です。
第3作のキーパーソンとなるのは、女優の夏川結衣さん演じる、平田家を家事全般で支える専業主婦の史枝。コツコツ貯めていたヘソクリが盗まれたことから、夫・幸之助(西村まさ彦)に「俺の稼いだ金でへそくりをしていたのか!」とキレられ、ついに溜まりに溜まった不満が爆発。家を出てしまいます。夫婦関係はもちろん、平田家に激震が走ります。
映画公開に合わせ、夏川さんが単独インタビューに答えてくれました。作品だけにとどまらず、仕事のあり方についても話を聞かせていただきました。
ーー『妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ』でシリーズ3作目となりました。
山田監督は厳しいです。シリーズ1作目から緊張感は変わりません。撮影が終わるとへとへとです。でも、俳優みながよい作品にするために集まっている。みなさんのプロ意識もモチベーションも高いから、刺激を受けます。
ーー夏川さんは、史枝に対してどのような役づくりをしているのですか。
よく取材のときに、役づくりについて聞かれるんですが、私は役は監督と一緒につくり上げていくものだと思っています。山田監督は細かく指示をされるので、私は台本をしっかり読み解き、それを実践していくことが求められていると思っています。なので、史枝に対しては、個人的には特別な気持ちを持っていません。山田監督の中にすべてがあるので、シーンがどうとか考えることもないですね。ただ、『家族はつらいよ』はシリーズ化になったからこそ、史枝という役を掘り下げていくことができるのは確かです。家族みんなの立ち位置から見えるところにいるのが、史枝かもしれません。
ーー夏川さんは映画初主演となった『夜がまた来る』(1994年)から連続ドラマ『青い鳥』(1997年)『結婚できない男』(2006年)『孤高のメス』(2010年)など、多くの映画やドラマの話題作に出演、老若男女に支持されてきました。演じてきた役も専業主婦から医者、会社社長……とさまざまですが、山田作品に限らず、どんな作品でも役づくり、「演じる」姿勢は一貫しています。
山田作品に限らず、私にとってはどの作品も、台本をしっかり読み解くことが役づくり。それは共通しています。演技を自分で最初からこうしようと決めつけてしまうと窮屈ですし、現場で修正を求められたときに、自分で決めていない方が修正しやすいと思うんですよ。
ーー寂しげな表情ひとつとっても艶っぽく、独特の存在感を放ちます。観客から見れば、着実にキャリアを積んできた素敵な俳優さんですが、ご本人にとっては決して平坦な道のりではありませんでした。
私は「キャリア」を意識しない方です。キャリアって自分自身をこじらせる要因にもなると思うんです。私にとっては、毎回与えられた自分の仕事をきちんとこなすことが大切。でも、仕事をしていれば壁にぶつかることは確かにあります。俳優は相手がいての仕事なので、立ち止まっちゃうことはやっぱりある。もちろんそれくらいのことで仕事を辞めたいとは思いませんが、「ここから抜けられない」って苦しくなることはありますね。
俳優の仕事は2か月、3か月と期間限定で終わってしまいます。終わったんだからいいや、って思えればいいんですが、そう思えないときがあるんです。うまくいかなかったことを引きずってしまう。私の場合、長いと年単位で作品を引きずってしまいます。フラッシュバックするんでしょうね。その時「まだこのことから抜けられていないんだ」と気づくと、この仕事は向いてないのか、って思うし、自分に絶望しちゃうんです。
ーー絶望を感じたときは、どうやって乗り越えるのですか。
解決するのは時間だと思うし、自分を取り巻く環境だと思います。人ってひとりでは悩まないじゃないですか。そんな環境や相手があって、自分を見失ってしまう。ひとりでは見失わないですよね。だから、その環境を離れれば自分を取り戻せるって言うし、そうやってみんなクリアしていくんだと思います。でも、私にはそれができない。何年経ってもそれができないのは辛いですよ。そういうときは辞めたいというより、俳優を辞めた方がいいんじゃないかって思います。
監督に怒られたからとか、この撮影が嫌いだから辞めたいと思ったなら、多分この仕事は続けてこられなかったと思うし、もう辞めています。そういう意味ではなく、何かに囚われることってあるでしょう? 囚われる必要がないって思っていても、引きずってしまうことがある。そこが一番きついんだと思うんです。でも、これは私に限らず、どんな仕事をしていてもあるのではないでしょうか。
抜け出すには時間が解決してくれるけど、最後は自分で振り切らなければならない。それを抜ける方法を、自分で少しずつ見つけることも大事なんですよね。
ーー最後にお伺いします、夏川さんにとって「Preciousなモノやこと」は?
私はモノに対する収集癖はないんですが、最近、冷房をかける機会が増えてきたので、ブランケットを探しています。車の中に入れておきたいと思ったら、車は仕事のときにしか使わないので、気分が暗くならない色にするとか、選ぶときはインスピレーションで。ただ、肌触りにはこだわります。例えば、洗った後の手触りが「こうじゃなかった!」っていうタオルがあるじゃないですか。そういうのが好きではないんです。ブランケットもタオルも「洗った後の質感」が大事。洋服も、洗った後に変わっちゃうのは好きではありません。質にはこだわりますね(笑)。
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ひとつひとつの言葉を探り、考えながら話してくださった夏川さん。『妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ』では、まったく未経験のフラメンコにも「大変な思いをしながら」挑戦したといいます。取材後にあった映画の初日舞台挨拶では、フラメンコの話で思わず涙を見せていましたが、どれほど緊張しての挑戦だったのか。人間・夏川結衣を身近に感じた取材でした。
夏川結衣さん
女優
熊本県出身。映画初主演の『夜がまた来る』(1994年)でヨコハマ映画祭「最優秀新人女優賞」を受賞。テレビドラマ「青い鳥」「結婚できない男」など数々の話題作に出演。映画『孤高のメス』(2010年)で日本アカデミー賞助演女優賞を獲得。その他映画出演作に『歩いても 歩いても』(08年)、『64ーロクヨンー前編/後編』(16年)など多数。
『妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ』
監督・原作:山田洋次 出演:橋爪功、吉行和子、西村まさ彦、夏川結衣、中嶋朋子、林家正蔵、妻夫木聡、蒼井優ほか。全国公開中。
山田洋次監督が家族をテーマに描く喜劇映画「家族はつらいよ」シリーズ第3弾。3世代でにぎやかに暮らす平田家。一家の中心となって家事を切り盛りする史枝(夏川結衣)だが、ある日、コツコツ貯めてきたへそくりが盗まれたことから大騒動に……。
『妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ』公式サイト
この記事の執筆者
生命保険会社のOLから編集者を経て、1995年からフリーランスライターに。映画をはじめ、芸能記事や人物インタビューを中心に執筆活動を行う。ミーハー視点で俳優記事を執筆することも多い。最近いちばんの興味は健康&美容。自身を実験台に体にイイコト試験中。主な媒体に『AERA』『週刊朝日』『朝日新聞』など。著書に『バラバの妻として』『佐川萌え』ほか。
好きなもの:温泉、銭湯、ルッコラ、トマト、イチゴ、桃、シャンパン、日本酒、豆腐、京都、聖書、アロマオイル、マッサージ、睡眠、クラシックバレエ、夏目漱石『門』、花見、チーズケーキ、『ゴッドファーザー』、『ギルバート・グレイプ』、海、田園風景、手紙、万年筆、カード、ぽち袋、鍛えられた筋肉