【目次】

「アインシュタイン記念日」とは? 意味・由来を解説

■なぜ6月30日が「アインシュタイン記念日」?

物理学に詳しくなくとも、アインシュタインといえば、「舌を出した写真」と「相対性理論」くらいはご存知ですよね。アルベルト・アインシュタインが、ドイツの物理雑誌に「運動物体の電気力学について」という相対性理論に関する最初の論文を提出したのが1905年6月30日。その日にちなみ、6月30日を「アインシュタイン記念日」としています。

国際的な機関などが制定した記念日ではなく、いわば自然発生的に生まれた記念日という訳です。


7月14日も「アインシュタインの日」? 日本との関係とは

一部では7月14日をアインシュタインにちなむ日として紹介する例があります。しかも、アインシュタインは日本ととても深いつながりがありました。簡単に解説しますね。

■7月14日は哲学者タゴールとの対談実現の日

1930年の7月14日、アインシュタインはベルリン近郊の自宅に、インドの詩人・哲学者であるラビンドラナート・タゴールを招き、物理学者と文学者&思想家の歴史的な会談が行われました。これを記念して7月14日を「アインシュタインの日」とする場合もあるようですが、この日はどちらかというと、ノーベル賞受賞者同士による「東洋と西洋の知性の邂逅」や、「科学と哲学の融合」として語られることが多いようです。

■ふたりの会談は日本人がプロデュース?

実は、このふたりの会談実現には、両者と交流があった日本人が大きくかかわっていたという話があります。また、日本の出版社の改造社が発行する雑誌『改造』では、1922年12月号を「アインシュタイン号」として、アインシュタインの評論「理論物理学の現時の危機について」のほか、多くの解説等を掲載しています。

■ノーベル物理学賞受賞の知らせは日本へ向かう船上で

1922(大正11)年11月、アインシュタインは妻を伴って来日。彼はフランスのマルセイユ港から日本郵船「北野丸」に乗船。1か月半に及ぶ航海を経て神戸に上陸しました。1921年度のノーベル物理学賞受賞の知らせは、北野丸の船上で受け取りました。

この来日は改造社の招聘(しょうへい/専門的な能力や優れた知識をもつ人物を、礼儀を尽くして正式に招き入れること)によるものだったとか。40日以上に及ぶ滞在のなかで各地で講演を行ったり、大正天皇に謁見(えっけん)するなどしています。

■アインシュタインはなぜノーベル賞を受賞した? 相対性理論ではなかった理由

アインシュタインは「相対性理論」でノーベル賞を受賞したと思われがちですが、実際には1921年度ノーベル物理学賞は「光電効果の法則の発見」に対して授与されました。相対性理論は当時まだ十分な実験的検証が行われておらず、授賞理由には含まれませんでした。

現在では、相対性理論は現代物理学の基礎理論として高く評価されています。


アインシュタインとは? 生涯と功績をわかりやすく説明

ここで、アインシュタインの生涯やその功績について、さくっと解説しましょう。

■誕生から幼少期

1879年、ドイツ南部のウルムに誕生し、翌年一家でミュンヘンに移り住みます。言葉を話すのが遅く内向的でしたが、幼少期に方位磁石に強い興味を示したといわれています。

■青年期

スイスの連邦工科大学を卒業、1902年に特許庁の審査官として働き始めた青年時代。物理学の問題に取り組む自由な時間があり、1905年、26歳のアインシュタインは「特殊相対性理論」を含む歴史的な論文を次々と発表。この年は物理学史上で「奇跡の年」と呼ばれています。

■壮年期

1909年、特許庁を辞職してチューリッヒ大学の助教授に。同年、ジュネーブ大学から名誉博士号が授与されます。1916年に重力の仕組みを説明する「一般相対性理論」を発表。日食の観察によってこの理論が証明されると、彼は世界中に知られる物理学者になりました。1922年、保留になっていた1921年度のノーベル物理学賞を受賞。

■晩年

1933年、ナチスの台頭によりアメリカの永住権を得て、プリンストン高等研究所に拠点を移します。その後、アメリカ国籍を取得。1939年、ルーズベルト大統領宛ての書簡に署名し、核分裂研究の必要性を訴えたことがマンハッタン計画開始の一因となりました。戦後はそのことを深く悔やみ、世界平和と核兵器廃絶を訴え続けました。1955年、76歳で死去。


相対性理論とは? 簡単に理解する基礎知識

アインシュタインにより提唱された「特殊相対性理論」と「一般相対性理論」の総称を「相対性理論」と言います。それぞれについて簡単に解説しましょう。

■特殊相対性理論

あらゆる慣性系で測定しても光の速さは同じという「観測事実(光速度普遍の原理)」に基づく理論。互いに等速直線運動をしているふたり観測者の測る時間の進みと空間の尺度は、どちらが測っても光速度が同じになるように関係づけられている、というもの。ものすごく速い世界では時間と空間が伸び縮みするという、タイムトラベルの基礎ともいえる理論です。

■一般相対性理論

ニュートンが提唱した、重力は遠方まで届く遠隔作用でその伝搬速度は無限大であるという重力理論にかわるもの。重力と慣性力を同一のものとみなす等価原理を物理的基礎とし、座標系の一般的変換に対する共変性という数学的要請によって完成。重力の正体は「星の重さによる空間のゆがみ」だと明かした理論です。ものすごく重い世界では、空間と時間がグニャリとゆがむのだそう。現在ではGPSの位置測位や宇宙の研究、ブラックホールや重力波の観測などにも応用されています。

■「E=mc²」の意味とは?

相対性理論から導かれる、エネルギーと質量の等価性を表す式。「E=エネルギー」「m=質量(物質の重さ)」「c=光の速さ(秒速約30万km)」なので、「エネルギー=質量×光の速さの2乗」という意味になります。


アインシュタインの有名な名言一覧

これまでの解説は、理系ではない人には難しかったかもしれませんね。そんな人にも「アインシュタイン記念日」に親しみをもってもらうため、最後は彼が残したアインシュタインの言葉として広く知られる名言から、いくつかピックアップしてご紹介します。

■人生は自転車に乗るようなものだ。バランスを保つためには、動き続けなければならない。

立ち止まらずに挑戦し続けることの重要性を説いた言葉。速度を落としても、漕ぎ続けることが大切なのです。

■困難のなかにチャンスがある。

苦境に立たされた時こそ、その困難のなかにチャンスを見出し、挑戦することで成功が得られる――「ピンチはチャンス!」は、アインシュタインも経験していました。

■行動に道徳性が欠けていれば、生き方に美と品位は生まれない。

誠実さや倫理観が伴った行動について語ったもの。内面の美しさや品位は、そうした行動からにじみ出るものだということです。

■空想は知識より重要だ。知識には限界があるが、想像力は世界を包み込む。

創造性と可能性の無限性を説いた名言。

■人生には、ふたつの生き方しかない。ひとつは、奇跡など何も起きないと思って生きること。もうひとつは、あらゆるものが奇跡だと思って生きること。

どのように生きるか――を説いた言葉。「つまらない日常」にするのも「わくわくする日常」にするのも、自分の心次第ということ。毎日の小さな幸せを「奇跡」だと思える感性と、そのことに感謝をもって暮らしたいものですね。

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「アインシュタイン記念日」は、物理学史上の超偉人であるアインシュタインについて学ぶ機会になりました。最後の名言集は、どれも心に刻んでおきたいものばかりだったのでは? 

この記事の執筆者
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参考資料:『デジタル大辞泉』(小学館)/『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)/『世界大百科事典』(平凡社)/原子力科学館( http://ibagen.or.jp/g_shiro/g_einstein/ )/京都府立図書館( https://www.library.pref.kyoto.jp/?pickupkiji=32451 )/『孤高に生きる言葉 アインシュタイン』(青志社) :