今年の新作「<グランドセイコー> Sport collection キャリバー9F 25周年記念限定モデル」は、GS専用のクオーツムーブメントにはじめてGMT機能を搭載したキャリバー「9F86」を積んで颯爽と登場した。通常モデルは来年まで待たなければならないので、800本だけのリミテッドモデルに向けられた視線は熱い。
クオーツ腕時計の技術史を塗り替えたグランドセイコー
「キャリバー9F」25周年記念限定モデル
分針も秒針もそのままでクオーツの高精度を損なわない、時針だけを動かせる時差修正機能の搭載にも、クオーツ本家ならではの良識を見せる。文字盤はチャコールグレー、24時間表示ベゼルに対応したダイヤルリングのデイタイムとGMT針の躯体には、イエローの差し色。文字通り“異色”な装意を与えられた限定ファーストモデルはおそらく後年、特別なペットネームで呼ばれる歴史的な品になるだろう。
国立科学博物館は先日、2018年の「未来技術遺産」を発表した。過去には“0系の新幹線”はじめ日本の誇るべき技術の証拠を毎年認定した試みは興味深く、毎年楽しみにしているのは小生だけではないだろう。今年選ばれた19件のひとつは、1969年にセイコーが発売した世界初のクオーツ腕時計「セイコー クオーツアストロン 5SQ」である。
クオーツ技術の勢いは当時、予想以上だった。夢の精度を持つクオーツ腕時計は、機械式時計とそのメーカーを、期せずしてなぎ倒していくことになった。まったくの想定外は、「グランドセイコー」の足元までもえぐってしまったことだ。
1960年に初代モデルが誕生した「グランドセイコー」は1960年代末に規格を厳格化し、世界最高レベルの精度を持つ機械式腕時計シリーズに上り詰めた。自他ともに認める「別格のセイコー」のその立ち位置さえも、クオーツは揺るがしたのである。世界に誇る「グランドセイコー」は、生産を中止した。
実現不可能を可能にした高級クオーツムーブメントの代名詞「9F」
ひとたび眠りについた大名跡が蘇り、“高精度の高級クオーツ腕時計”として「グランドセイコー」が復活したのは1988年である。何より1993年から搭載が始まったGS専用ムーブメント「9F」が、傑作の評価を高めた。長くて太い針を回し、秒針のふらつきを抑えこみ、カレンダーは瞬時に送られる。クオーツが最も苦手とする点をすべて解消し、仕上げも美しい。そのムーブメント誕生から25年目に、魅力的な新機能が加わったのである。
「グランドセイコー」もいずれは、「未来技術遺産」に選ばれるべき腕時計だ。ちなみにクオーツで復活した後、1998年には機械式を復活、2004年にはスプリングドライブ版を加え、「グランドセイコー」は方式を問わない高級ラインとなった。2017年には文字盤ロゴからセイコーの名前を外して「Grand Seiko」だけを掲げる、独立ブランド化を果たしている。初代から4半世紀目の時計「キャリバー9F 25周年記念限定モデル」は、クオーツの成功物語と「グランドセイコー」の伝説という平行したふたつの稀な物語を、もう一度前に進めるのである。
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト