読めば見える景色が変わる、それが読書の醍醐味です

鴻巣友季子さんセレクトの2冊

■1:『ある男』 著=平野啓一郎

2019年は年号が変わりますね。「新しい」年にふさわしい、読後に世界を見る目が変わりそうな本を選びました。「人を愛する」とは、どういうことか?『ある男』の終盤にこんな印象的な言葉があります。「一体、愛に過去は必要なのだろうか?」

人は何をもって愛したり、憎んだりするのでしょう? かのジュリエットは言いました。「ロミオ、あなたはロミオという名でなくてもすばらしい」と。しかし、恋人や配偶者が名前や戸籍をすり替えた別人だとわかっても、その人の“中身”を愛し続けることができるでしょうか? 本作ではそんな出来事が30代の里枝に降りかかります。

幼い次男を亡くして離婚し、長男をつれて宮崎に帰郷した里枝は、林業に従事する伊香保出身の男性と再婚。長女も生まれ、幸せな家庭を築きます。ところが結婚後わずか3年数か月で、夫は労災で他界。それを機に、彼が自分の知る「谷口大祐」とはまったくの別人だったと判明。弁護士が調査を始めますが…。

物語は、数奇な運命をたどる里枝を主役にせず、弁護士「城戸彰良」の心情を細やかに描き、進んでいきます。ルネ・マグリットの絵画『複製禁止』をご存じなら、その構図が本作にも当てはまるかも。平野啓一郎文学の集大成とも言えるでしょう。

『ある男』 著=平野啓一郎 文藝春秋 ¥1,600(税抜)

STORY

夫であったはずの男が、まったく別の違う人物だった場合、彼を愛し続けることはできるのか。『マチネの終わりに』から2年。過去を変えて生きる男たちの姿を描き、アイデンティティーとは何かを問う話題作。

■2:『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち 』著=河合香織

『ウスケボーイズ』は、マドリード映画祭などで賞を獲った映画の原作。日本のワイン造りにおける三人の革命児に取材した渾身のノンフィクションです。

フランスやイタリアなど伝統的銘醸地に比べ、テロワールが劣るとされてきた日本ですが、そんな先入観や幻の教科書を破ることで、世界が刮目(かつもく)するワインを生み出す苦闘の道のりが描かれます。ぶどうと土の声を一心に聴く三人の姿に、ワインの新たな魅力が見えてくる一冊です。

『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち 』 著=河合香織 小学館文庫 ¥570(税抜)

STORY

日本のワイン造りを牽引した醸造家の遺志を継ぎ、“本当の日本ワイン”に打ち込んだ岡本英史、城戸亜紀人、曽我彰彦。彼らの出会い、葛藤、成功までを描いた、小学館ノンフィクション大賞受賞作。

※本記事は2018年12月7日時点での情報です。

鴻巣友季子さん
翻訳家、文芸評論家
(こうのす ゆきこ)訳本『風と共に去りぬ』(新潮文庫)ほか著書多数。
新刊『翻訳ってなんだろう?』(ちくまプリマー新書)が発売中。
PHOTO :
市原慶子
EDIT :
本庄真穂