フェラーリが取り組む「イコーナ」シリーズのプロジェクトは、ジェントルマンズ・ドライバーがサーキットを駆け、富裕層のサロンを闊歩していた時代を振り返りつつ、それを現代のテクノロジーでよみがえらせたものといえる。限定モデルだけに、目にする機会は稀。そこで、先ごろ実車を見聞したライフスタイルジャーナリストの小川フミオ氏のリポートをお読みいただきたい。フェラーリだからなし得た、ラグジュアリーな世界が目に浮かんでくることだろう。

古き良き時代の雰囲気をモダンに表現

右がSP1、左が2人乗りのSP2。
右がSP1、左が2人乗りのSP2。
東京で公開されたSP1。
東京で公開されたSP1。
古典的なオープンレーシングカーのバルケッタというスタイルをベースにしながら現代的に解釈したスタイル。
古典的なオープンレーシングカーのバルケッタというスタイルをベースにしながら現代的に解釈したスタイル。

 英国には「ジェントルマン・ドライバー」という言葉がある。1950年代までのモータースポーツは、裕福な「紳士」のためのものだった。もちろん、ここで言っているのはドライバーのことだ。

 レーシングウェアの下はボウタイというのは当たり前のスタイルといえた。レース運びもスポーツマン精神にのっとって行われ、レース関係者はみな友達だった。’70年代まではそんな雰囲気が残っていたものだ。

 当時の雰囲気をいまよみがえらせたい、と言うのが、英国ではなく、当時から強力なライバル関係にあったイタリアのフェラーリだ。2018年秋にごくごく限定で生産される「SP1モンツァ」と「SP2モンツァ」はモータースポーツの美学を反映させた最新のスポーツモデルである。

 2019年2月に東京で「SP1モンツァ」がお披露目された。モノポスト(1人乗り)のボディには596kW(810CV)の6.5リッターV型12気筒が搭載され後輪を駆動。静止から時速100キロまでは2.9秒という加速力を誇る。

 ボディとシャシーはF1の技術を応用したフルカーボン製だ。全長4657ミリのボディは軽量かつ高剛性で、フロントエンジンのフェラーリのなかでは最もパワフルである。

 いっぽうスタイリングはクラシックな雰囲気が色濃い。大きなヘッドレストを備えた50年代のレーシングカーふうで、フェラーリいえば166MM(1948年)や750モンツァ(’54年)といったヒストリックモデルを彷彿させる。

モノポストのSP1のコクピットにはウィンドシールドがない。
モノポストのSP1のコクピットにはウィンドシールドがない。
ショーカーのシートはベルルッティのレザー張りだ。
ショーカーのシートはベルルッティのレザー張りだ。

パティーヌを施した豪奢なレザーシートも

ロロ・ピアーナが手がけた’50年代風のウェアでヘルメットのレザーはベルルッティが担当。
ロロ・ピアーナが手がけた’50年代風のウェアでヘルメットのレザーはベルルッティが担当。
個人のために制作されたSP3JCはF12tdfをベースに「’50年代から’60年代のレースカーふうに仕上げたもの」とフェラーリ。
個人のために制作されたSP3JCはF12tdfをベースに「’50年代から’60年代のレースカーふうに仕上げたもの」とフェラーリ。

 もうひとつ、興味深かったのは、車両の横に展示されたウェアだ。ロロ・ピアーナに発注された特製だ。

「’50年代にフェラーリを駆って数かずのレースで優勝したマイク・ホーソーン(1929年生まれで、’59年に事故死)ふうにとオーダーしました」

 このクルマと同じタイミングで来日したマーケティング担当のファビオ・メネゴン氏はそう話してくれた。ホーソーンもコクピットのなかでボウタイが似合ったドライバーだ。

 ロロ・ピアーナのファッションに組み合わされていたシューズはベルルッティによるものだが、こちらはレーシングシューズでないので、あくまでも雰囲気を出したものである。

 そもそも東京でお披露目されたモデルも、シートにはベルルッティの独特の染色法「パティーヌ」で仕上げられたとおぼしきレザーが張られていた。

 こんな美しいシートを観たことがない、とメネゴン氏に言うと、わが意を得たりとばかり、にやりと笑いうなづいたのだった。ただしメネゴン氏によると「さすがにこのレザーでは耐候性も耐久性もクルマには不足しているので、実車は違ったものになります」とのことである。

 日本には持ってこられなかったが「モンツァSP2」は2人乗りだ。いずれも大きな風防はない。そのかわり、バーティカルウィンドシールドとフェラーリが呼ぶ、フェアリング効果を持った空力付加物がダッシュボード上に備わり、それが走行中の風を乗員の頭上に運ぶのだそうだ。

 フェラーリではいま、「イコーナ」シリーズをビジネスの大きな柱としている。今回のSP1とSP2を皮切りに、ヘリティッジを感じさせる要素を盛り込んだ限定仕様はここに属するという。18年暮れには早くもSP3JCなるワンオフ(1台生産モデル)がオーナーに引き渡されている。

 フェラーリのスタイリングセンターが手がけたスタイリングは魅力的だ。うねるようなラインと、盛り上がった筋肉のような面構成が独自のキャラクターとなっている。

 価格は300万ドルといわれ、生産は2019年から開始される。ただしSP1とSP2併せて生産台数はわずか500台未満であり、しかも2018年のうちにすべてが売り切れたそうだ。

 このクルマの販売方法はフェラーリが顧客を選ぶ、いわゆる招待制である。フェラーリの担当者から「招待」された顧客のなかで、購入を断った客はこれまでいないというから、世の中は豊かである。

この記事の執筆者
自動車誌やグルメ誌の編集長経験をもつフリーランス。守備範囲はほかにもホテル、旅、プロダクト全般、インタビューなど。ライフスタイル誌やウェブメディアなどで活躍中。