仕立て職人の経験もあり、数々の有名ブランドのMDなどを務めてきたイーサン・ニュートン氏、香港とニューヨークでセレクトショップを展開するマーク・チョウ氏、オーダーメイドに特化した韓国のショップでディレクターを担当するエディ・パーク氏らのコメントを基にした仮想鼎談で、3大東京テーラーの魅力を浮き彫りにする!

1950年〜60年代のアメリカンスタイルがここにある

エディ・パーク(以下エディ) 今、日本人テーラーが手がけるスーツが世界中で人気になっています。マークはどう見ています?

マーク・チョウ(以下マーク) 世界レベルに匹敵する、素晴しい技術を持った日本人の仕立て職人が、増えてきているからでしょう。職人技は座学で学べるものではない。弟子入りして、多くの時間を修業に費やしながら、実技を通してでしかその奥義を身につけることができない。世界中を見渡しても、とりわけ日本人は、この厳しいプロセスに耐えられる気質を持ち、一流の職人へと登り詰める場合が多い。

イーサン・ニュートン(以下イーサン) 優秀な仕立て職人が活躍し、素晴しいクロージングをそろえたショップが集中しているのは、やはり東京です。東京のテーラーは、ヴィンテージの魅力をよく理解しています。渋谷の「テーラー・ケイド」は面白い存在ですね。

マーク 数年前に初めて「ケイド」の店に入ったとき、1960年代にタイムスリップしたような感覚になりました。しかもニューヨークのマンハッタンに来たようだった……。

イーサン マンハッタンのとあるビルにたたずむ、秘密の探偵事務所のような空間は、まったく東京にいることを感じさせないですね。

マーク 山本さん(「テーラー・ケイド」のオーナー兼テーラー)は、アトリエの隅に置いたプレーヤーでデューク・エリントンのレコードをかけるなど、雰囲気のいいジャスを聞きながら、仕事をしていました。

エディ そんな素敵なアトリエなんですか。個性のあるショップ空間に魅力を感じて、今は世界からお客さんが集まる時代です。

マーク 「ケイド」の服は、1950〜’60年代のアメリカンデザインを再現しているため、アトリエの雰囲気とぴったりと合っています。

イーサン ショップの雰囲気づくりも服のテイストに合わせ、懐かしいアメリカの世界観を表現するというセンスは、もうニューヨークでもほとんど見当たりません。だから、「ケイド」の服は、ミュージシャンやデザイナーにも人気がありますね。

マーク トータルルックを理解しているのだと思います。アメリカンなスーツに必要なデザインと細部をつくり込み、時代性も創造できる。

イーサン 審美眼の鋭いつくり手です。綺麗に縫えるテーラーはいても、スタイルのイメージをはっきりと伝えられる世界観を持っているテーラーは珍しい存在です。

エディ 綺麗な仕事では、断然「サルトリア チッチオ」の上木さんです。肩のラインや流れるようなラペルの形、アームホールの正確な位置など、完璧な仕立てです。オーダー会では、骨格や筋肉、体重移動の癖までも見抜いて採寸します。

イーサン  「チッチオ」のスーツを初めて見たのは、「ヴィッラ・デル・コレア」(エディ・パーク氏がディレクターを務める)のオーナー、ショーン・ファンさんが着ている姿でした。エレガンスが漂う、本当に綺麗なスーツだった。

マーク ナポリで修業した上木さんは、ナポリのスタイルと自分で習得した技をミックスした服をつくっています。緻密な縫製を繰り返してつくられたスーツは、独特のルックスが隅々に漂っています。

エディ シンプルで着心地がよく、正統的な服とは何かと問われれば、「チッチオ」のスーツになるでしょう。

イーサン およそ2年前に、当時「タイ・ユア・タイ」のショップ内でアトリエを構えていた上木さんに、ハウススタイルのシングル3ボタンのスーツを注文しました。ショルダーライン、ドレープラインなど、すべてがジャストフィットしました。今日も「チッチオ」のスーツを着ています。

エディ 上木さんは、まだ37歳の若きサルト(仕立て職人)です。これから数多くの経験を積むことで、彼の服がどんなレベルにまで達するのか、大いに期待しています。

マーク 圧倒的に海外からのお客さんが増えているのが、「リングヂャケット」のショップです。既製スーツながら、着心地がよく、高い完成度が魅力。7年前に初めて手に入れたジャケットを今でも着ています。本毛芯を使用したジャケットは、手に入れた当初よりも、バスト部分がやわらかく体の形に沿ってきたため、さらに着心地がよくなっています。

エディ 現在、日本の既製服で最高峰のスーツと呼ばれているのが、「リングヂャケット」ですね。

マーク 私の店、「ジ アーモリー」では、「リングヂャケット」のオリジナルパターンを生かした別注のモデルでオーダー会を実施して、毎回大好評です。高品質でスタイルがよく、費用対効果も高いからです。

イーサン 少しモードな雰囲気に見えるときもあるけど、スーツの生地選びに時代性が感じられますね。

マーク 創業者である先代の福島さんは、「注文服のような既製服」をつくりたいと言っていたそうですが、「リングヂャケット」は、この目標を貫いているつくり手です。

【1】テーラー・ケイドで仕立てる

頑かたくなにこだわってきた服づくりが、世界から憧れられるテーラーに!

大好きなジャズのレコードをかけながら仕事を進める「テーラー・ケイド」の山本氏。オールドニューヨークスタイルを中心とした、アメリカの古き良き時代の男らしい服をつくり出す。普遍的なバランスが宿る、ミディアムサイズを極めることが、男にとって、最も美しい服だと確信している。

 ここ10年で、いやほんの5年の間に、メンズクロージングの世界的な勢力地図が塗り替えられている。日本の優秀なアルチザンの手をとおしてつくられたスーツが、世界に認められだしたのである。その萌芽は、15年ほど前になるだろう。

 かつて、日本のテーラーは、特に東京に店舗を構える仕立て服店は、上得意の顧客を相手にする、いわば「一見さんお断り」の文化が漂っていた。店側は、そんなつもりではなかったろうが、この呪縛的な歴史は長かった。一方、2000年あたりから、若きテーラーたちが、老舗から続々と独立し、それぞれに、自分たちの哲学が投影された新しいスーツをつくり始めたのだ。「テーラー・ケイド」は、その走りである。

 山本祐平氏は、名店の「ボストンテーラー」から独立した年の2002年に、「テーラー・ケイド」を開いた。中学・高校時代から慣れ親しんだ渋谷の、とあるビルに隠れ家的なテーラーを構えたのである。山本氏いわく、店内は1950年代のニューヨークにありそうな探偵事務所をイメージした内装。入り口のドアを開けると、来る者を「テーラー・ケイド」の世界に引き込むオールドニューヨークスタイルが詰まった空間だ。ジャズを趣味とする山本氏は、レスター・ヤングやフランク・シナトラなどのレコードをかけながら接客し、作業も楽しむ。「テーラー・ケイド」のハウススタイルは、アメリカが輝いていた1950〜’60年代のゴールデンエイジが原点。たとえばスーツは、シングル3ボタンのナチュラルショルダーで、アメリカントラッドを象徴する『Ⅰ型(いちがた)』だ。山本氏は語る。「オープン当初から追求してきたアメリカンスタイルは、ライフスタイルに根付いた服が最も格好いい。それはニューヨークの街で育った服であり、仕事や習慣と密着した服でもあります。バンカーにはバンカーのためのスーツ。ジャズマンにはジャズマンに似合うスーツがあります」

 今でも山本氏は、古いアメリカ版『GQ』や『エスクァイア』、映画のパンフレットなどを渉猟しながら、改めてケーリー・グラントなどの名優たちの完璧なスタイルをひもとく。ファッションブランドや生地メーカーが作製した、当時のポスターやイラストレーションからも、服づくりのイメージを得て、新しいモデルづくりにも生かす。アメリカの大量の雑誌がインテリアの一部となり、往年の名優たちの写真は、スクリーンのように壁に溶け込む。本場、ニューヨークでもほとんど見ることができなくなった、オールドアメリカンな服の魅力はもちろんだが、このように「テーラー・ケイド」の世界観が立体的に発信されているため、海外から訪れる客たちも、この空間に陶酔し、価値を見出すのである。

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【2】サルトリア チッチオで仕立てる

ファッション大国のプロたちも脱帽する、美しき仕立て服

シングル3ボタン段返りのジャケット(スーツ)は、「サルトリア チッチオ」のハウススタイル。

 海外の名店で修業した人たちの活躍が目覚ましいのも、世界中の紳士が注目する、東京のテーラーの特徴だ。イギリスのサヴィル・ロウで技術を習得した「ブルーシアーズ」の久保田博氏や「テーラー&カッター」の有田一成氏、イタリア・ミラノの名店で薫陶を受けた「ペコラ銀座」の佐藤英明氏といった服づくりの秀英たち。すでに大ベテランだが、日本橋の「サルトリア イプシロン」の代表兼マスターテーラーの船橋幸彦氏は、ローマとミラノで店を構えていた凄腕の職人である。

 彼らが活躍し始めた2000年代以降は、「海外仕込みの技」を仕立て服に反映させるという付加価値が強みとなった。その頃、大阪の「リングヂャケット」の仕立て工場に勤め始め、後に南イタリアのナポリへ修業の旅に出たのが、「サルトリアチッチオ」の上木規至氏である。

 上木氏は、日本で最も優れた仕立て職人のひとりだが、ナポリでの修業が現在のスタイルをつくり上げた。「リングヂャケット」で働いていた頃、1着のナポリ仕立てのしなやかなジャケットを見て、ナポリ行きを即決したのである。 2005年、筆者がナポリのサルトリアを何軒か取材していたときに、偶然にも「サルトリア ダル クオーレ」で修業中の上木氏に出会ったことをよく覚えている。手仕事に長けた上木氏は、ナポリの一流サルトリアでも実力を発揮。2軒目の修業先となった名マエストロのアントニオ・パスカリエッロ氏の下でも服づくりの哲学を習得して帰国した。

 帰国後は、セレクトショップ、「タイ・ユア・タイ」の一角にアトリエを構えて仕事を開始した上木氏。ナポリ特有の軽やかな着心地と流れるようなドレープがあり、細かい縫製を駆使した「サルトリア チッチオ」のスーツに、メンズファッション誌の取材が相次いだ。さらに世界に知られる切っ掛けとなったのは、2013年9月号の『ウォール・ストリート・ジャーナル/アジア版』に掲載された日本で活躍する、ナポリ・テーラーリングの次世代と銘打って紹介された記事である。その記事を読んで、海外からショップを訪れる人が激増したのである。

 海外からの客が「チッチオ」のスーツに魅せられるポイントは、つくり手の上木氏が特に注意している肩のラインとやわらかいドレープ、そして緻密な縫製である。ナポリのテーラリングを生かし、細部をも完璧に仕上げるスーツは、もはや世界レベルの美しさを備えている。

 2015年、南青山に自身の店舗を開いた上木氏。初めて服を注文に来る人でも訪ねやすい立地だ。服の繊細なつくりを表すかのような整然としたアトリエには、仕事を支える職人も共に働く。オーダーメイドのショップにふさわしい閑静な南青山から、「サルトリア チッチオ」は、さらに大きく成長しようとしている。

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【3】リングジャケットで仕立てる

注文服をも超える極上のスーツを世界に発信する!

熟練した職人の手による、しなやかな仕立てを巧みに取り入れたダブルスーツ。肩周りのフィット感が抜群の、ギャザーを入れたそで付けと、ボリュームのあるバスト部分のツヤっぽいドレープ感が醍醐味だ。男らしいフォルムにエレガンスが見事に融合した、インターナショナルなスタイルである。

 フェイスブックやインスタグラムなどの、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で送られてくる写真を見て、「いいね」で応えたり、気に留まった情報はウェブサイトのホームページで調べる…。信頼できる発信者をフォローすることで、よりコアな情報が得られる楽しみ方は、ファッションも同じだ。「テーラー・ケイド」「サルトリアチッチオ」、そして「リングヂャケット」は、ファッションブロガーや顧客らが、個性の強い服をSNSで発信し、世界に知れ渡った側面もある。

 特に「リングヂャケット」の場合は、インバウンドの影響も大きいだろう。香港やニューヨークで積極的にトランクショーを行う「リングヂャケット」だが、基本的には既製服の生産と販売が主流。現地でオーダーを経験したビジネスマンが、東京に出張した際にショップを訪れて、値頃感のあるスーツやジャケットを購入することも多いようだ。実際、「リングヂャケット」の取材中にも、偶然、カナダ在住の台湾出身の顧客がショップに立ち寄り、ジャケットを購入した。彼は、香港のセレクトショップ、「ジ アーモリー」のサイトで「リングヂャケット」のことを知り、自ら調べて訪れたのだという。「リングヂャケット」のスーツが海外にも浸透したのは、体のラインを美しく見せるインターナショナルな雰囲気を備えたスタイルで、フィット感がよく、丁寧な仕事を積み重ねている結果。独自に開発した生地を毎シーズン提案することでも、顧客を飽きさせない。さらに、国際競争に勝ち得るコストパフォーマンスの高さも見逃せない理由である。

 大阪と大分にある「リングヂャケット」の工場は、これまで培ってきたハイレベルの生産技術が集約され、既製のスーツづくりでは日本のトップクラスの存在だ。首に吸い付く上襟の形状や肩のライン、ボリュームのある胸のドレープ感は、上質な仕立て服と見紛うほどのでき映えだ。

 香港のほか、ニューヨークにもショップを構える「ジ アーモリー」、韓国・ソウルで最も洒落たセレクトショップの「ランスミア」、今注目のフィリピンの「シグネット」などに、現在、スーツやジャケットなどを卸す「リングヂャケット」。日本の既製スーツ・メーカーが、ここまで世界の名店から注目されたことは、過去に類をみない。その点でも「リングヂャケット」のスーツは、海外のファッション通にも受け入れられる、高い完成度を証明している。

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本編に登場した東京の3大テーラーは、それぞれの店が持つ個性的なスタイルを鮮やかに表現している。だからこそ、海外から訪れる客たちは、その個性をはっきりと嗅ぎ分けて、唯一無二のものとして惹かれるのである。個性を競うTOKYOテーラーが増えれば、世界のファッションの目利きたちがさらに集まってくることは、間違いないであろう。

この記事の執筆者
TEXT :
矢部克已 エグゼクティブファッションエディター
BY :
2015年冬号世界中の紳士が注目する「TOKYOテーラー」 の実力
ヴィットリオ矢部こと本誌エグゼクティブファッションエディター矢部克已。ファション、グルメ、アートなどすべてに精通する当代きってのイタリア快楽主義者。イタリア在住の経験を生かし、現地の工房やテーラー取材をはじめ、大学でイタリアファッションの講師を勤めるなど活躍は多岐にわたる。 “ヴィスコンティ”のペンを愛用。Twitterでは毎年開催されるピッティ・ウォモのレポートを配信。合わせてチェックされたし!
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クレジット :
撮影/篠原宏明 イラスト/ソリマチアキラ 構成・文/矢部克已(UFFIZI MEDIA)