アリスが不思議の国で出会ったのは、にやにや笑うチェシャ猫だ。その猫はアリスの目の前で尻尾から消えていき、最後にはにやにや笑いだけが残り、そして消えていく。「にやにや笑いしない猫ならなんども見たけど」とアリスは思う、「でも、猫のないにやにや笑いなんて!」。小生が大学で映画論の講義を行うとき、毎年引き合いに出す話である。

描写できない不思議な言葉「猫のない笑い」

『不思議の国のアリス』 (1891年)より 
『不思議の国のアリス』 (1891年)より 写真Getty Images

 原文では<a grin without a cat>と表現されているこの“主(あるじ)のないにやにや笑い”は、物語の中でもトップクラスの「不思議」だ。映画や出版物の中で多くの画家やアニメーターがそれを描写しようとしたが、うっすらした口もと以上のものを描いた者はいない。当然の事ながらそれは猫のないにやにや笑いなのであって、すでに眼に見えてはいけない。消えゆく猫ではなくて、消えた猫がそこに存在しなければならないのだ。

 アリスとはなんの関係もないが、その点はグッチの新作の猫=アニマリエ モチーフは、姿が確かである。「〔G-タイムレス〕オートマティック ウォッチ」は、似顔絵ではなく猫のイメージ、もっと言えば気配のようなものを、文字盤に呼び寄せたように見える。その点は、はじめて組み合わせたマザー オブ パールが大正解である。乳白色のそのバックグラウンドは、メタルの単色でデッサンされたようなキャットヘッドを、まるで宙に浮いたように見せる。媚びるように“カワイイ”わけではない。グッチの猫は、猫の形をしながら、もっと超越的な存在にも見えるのである。

「〔G-タイムレス〕オートマティック ウォッチ」ゴールドモデル 

ゴールドケースには同素材でアニマリエ モチーフを描く。文字盤のフランジにはエングレービングが施されるなど、細部にも仕事が凝らされている。●自動巻き ●18Kイエローゴールド ●ケース径38mm ●MOPに18KYGのキャットヘッド モチーフ ダイヤル ●ピンクカラーのオーストリッチ革ストラップ ●防水50m ¥1,479,600 ※税込価格
ゴールドケースには同素材でアニマリエ モチーフを描く。文字盤のフランジにはエングレービングが施されるなど、細部にも仕事が凝らされている。●自動巻き ●18Kイエローゴールド ●ケース径38mm ●MOPに18KYGのキャットヘッド モチーフ ダイヤル ●ピンクカラーのオーストリッチ革ストラップ ●防水50m ¥1,479,600 ※税込価格

 さらにツイストのかかったゴージャス感を感じるのが、18金ゴールドのモデルである。他愛のない、と思われそうなキャットヘッド モチーフは、高価なマテリアルを経て、本気のステイタスに位相変換する。ありそうで無さそうなゴージャスがありうるそのキャットヘッドは、価値判断を気持ちよく乱してくれるのである。

「〔G-タイムレス〕オートマティック ウォッチ」SSモデル

スティールモデルには銀白のモチーフ。反射防止加工を施したサファイアクリスタルの採用や高い防水性能など、腕時計としてのパフォーマンスも秀逸。左:SSのスネーク モチーフ ダイヤル×グリシヌ(藤色)カラーのオーストリッチ革ストラップ・右:SSのキャットヘッド モチーフ ダイヤル×ウィート(小麦色)カラーのオーストリッチ革ストラップ 共通:●自動巻き ●ステンレススティール ●ケース径38mm ●MOPダイヤル ●オーストリッチ革ストラップ ●防水50m ¥227,880 ※税込価格
スティールモデルには銀白のモチーフ。反射防止加工を施したサファイアクリスタルの採用や高い防水性能など、腕時計としてのパフォーマンスも秀逸。左:SSのスネーク モチーフ ダイヤル×グリシヌ(藤色)カラーのオーストリッチ革ストラップ・右:SSのキャットヘッド モチーフ ダイヤル×ウィート(小麦色)カラーのオーストリッチ革ストラップ 共通:●自動巻き ●ステンレススティール ●ケース径38mm ●MOPダイヤル ●オーストリッチ革ストラップ ●防水50m ¥227,880 ※税込価格

 超越的なメタ猫に匹敵するのが、もう一匹の超越的スネークである。しばしばグッチのアニマリエ モチーフとして登場するこの生き物は、爬虫類としては嫌悪されることも珍しくないが、皮革やモチーフ、つまり素材やデザインとしては圧倒的に好まれる。その甘言に乗って楽園を追われたらしい我らが祖先と同様、われわれはヘビには色々と弱いのである。

 半透明のダイヤルには重要な視覚的意味もあって、その後ろのムーブメントをうっすらと透かして見せている。自動巻ムーブメントを搭載し、シースルーバック仕様で防水50m。オーストリッチのストラップを採用した本格的な機械式腕時計は、38ミリという絶妙のサイズだ。それはレディスで無理なくサイズアップした直径がメンズの最新流行と重なった、黄金サイズ。今年のマストバイの資格を十分以上に備えているのである。

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この記事の執筆者
桐蔭横浜大学教授、博士(学術)、京都造形芸術大学大学院博士課程修了。著書『腕時計一生もの』(光文社)、『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)がある。早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校・学習院さくらアカデミーでは、一般受講可能な時計の文化論講座を開講。