U.A.Eの首都、アブダビや、商都・ドバイを観光や商用などで訪れたことがあるだろうか。現在のところ世界一高い高層ビルである、ドバイのブルジュ・ハリファや、アブダビにある、世界初のフェラーリのテーマパーク、フェラーリ・ワールド・アブダビの趣向を凝らしたアトラクション。U.A.Eの楽しみと言えば、そんな世界最高峰・最先端のイメージだろう。しかし、実を言えば、これらの超近代都市は、砂上の蜃気楼のようなもの。ひとたび郊外に足を伸ばせば、そこは、砂・砂・砂・・・。昼間は摂氏50度を超え、夜には、一転して零下にまで下がることもある、そんな過酷さは、世界でも有数の厳しい気候帯のひとつと言える。

過酷な環境で知られるサハラ砂漠。
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ニッサン・パトロールこそ、真の「砂漠の巡洋艦」だ!

そんな中東エリアで、並み居る強豪を抑え、プレミアムSUVセグメントでダントツの販売台数を誇るのが、かつて国内販売され、本格派のアウトドアズマンたちに強く支持されていた、ニッサンが誇るSUV、パトロールだ。

パトロールの歴史は古く、1951年に遡る。初代のモデルは、後年、自衛隊へと改組される警察予備隊への納入車両として開発されるも、それが実現することは無く、民生用として発売された。その後、1960年、1980年にフルモデルチェンジを受けた後は、海外でパトロール、国内ではサファリとして展開した。

ニッサンが誇るSUVパトロール
起伏の激しい砂漠での走破性も申し分ない。

ちなみに1981年には、のちに空前のオートキャンプブームの火付け役となった雑誌、ビーパルが創刊されている。サファリの名を冠したこのモデルは、高度経済成長期が一段落し、消費こそ美徳というバブル期へ向かっていく時代にあって、男達の夢をいやが上にも盛り上げた。アウトドアレジャーを含む、多くの遊び方が勃興していくなかで、憧れのクルマとして君臨し続けてきたのだ。

1987年、1997年にもフルモデルチェンジし、2007年まで国内発売されていたサファリ。そのネーミングは、アフリカのサファリを夢見ながら、日本のフィールドでもそんな気分を追えた、時代の象徴だったのだろう。日本での終売は2007年、翌年にはリーマンショックがおき、日本も本格的な不景気の時代に突入していくことになる。

ダカールラリーの勇姿を覚えているか?

世界でもっとも過酷なモータースポーツで証明されたパトロールの性能
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そんな国内でのパトロール=サファリのイメージはさておき、現在、中東地域を中心に販売されているパトロールは、日本の箱庭的フィールドとは隔絶した過酷なフィールドで、絶大な信頼を持って迎えられている。

その信頼にはもちろん理由がある。パトロールは、当時もっとも過酷なラリーと言われていたダカールラリーに参戦し、クラス優勝をしている(1987年)。その時の車両は近年フルレストアされ、走行可能な伝説の車として蘇っているのだが、そのような武勇伝だけでなく、実に初代以来70年近く、砂漠を始めとした過酷なフィールドで走り続けてきた事実に支えられているのだ。

7代目となる現行のパトロールの車両サイズは全長5310ミリ×全幅2265ミリ×全高1940ミリという巨大さ。その心臓部も、V8DOHCエンジン、排気量は5552cc、最高出力は405馬力(5800rpm)という、ニッサン最大級のスペックを誇る。まさに砂漠を往くモンスターとして、先に触れた、U.A.E.を始めとする中東諸国で今も活躍している。

編集部は、サハラ砂漠の西端に位置するモロッコで、このパトロールに3日間に渡って徹底的に試乗した。そのレポートは2019年4月6日に発売されるメンズプレシャス春号で紹介しているので、ぜひお読み頂きたい。

なお、今回のモロッコでの試乗では、ASEAN諸国向けのテラ、日本を除く世界全域で発売されているナバラ(かつて日本で発売されていたダットサン/トラックがルーツ)、北米線の用の巨大なピックアップモデル、タイタンにも試乗した。いずれ劣らぬ実力車揃い。こちらの詳細についても、本誌で確認されたい。

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