ファッションとして登場する以前、ミリタリー・ウエアはこう形づくられた

 ミリタリー・ウエアが、メンズファッションの一角を確保して久しい。振り返ると、一般に「紳士服」と呼ばれるものの基本スタイルは、広い意味でほとんどがミリタリー・ウエアに使用されたアイデアの積み重ねであったりする。

 たとえば、比較的近年に絞ってみても、フロック・コートや燕尾服の原型は、いずれもプロイセン陸軍の軍服の様式を起源としている。諸説ある中で、イギリス海軍から生まれたダブルのネイビー・ブレザーは、同海軍フリゲート艦「ブレザー」号の乗員の制服に由来し、ピー・コートやダッフル・コートもイギリス海軍の装備品として普及した。塹壕(トレンチ)で用いられたトレンチ・コートやTシャツが普及したのも、第1次世界大戦期である。

 17世紀に近代的な国軍の制服として軍服が登場して以後、派手な色彩の生地が好まれてきたが、銃の性能が向上すると、遠くからの狙撃を避けるため、地味な色となる。その代表色であるカーキ色は、19世紀半ばにイギリス陸軍がインドで採用した世界初の迷彩色で、ヒンディー語で泥の意味だ。そして第2次世界大戦に突入する直前、イギリスで考案されたのがバトル・ドレス(戦闘服)だ。

 現代的な「ミリタリー・アウター」が登場する下地が整った。そして、アメリカ軍によって、「ミリタリー・アウター」の新しい流れが決定づけられた。というのも、王様が統帥し、貴族が将校となって平民の下士官や兵士を率いてきたヨーロッパの軍隊と異なり、アメリカ軍は、独立戦争の際に市民を募って成立した民兵隊である。ヨーロッパの軍隊が権威的、威圧的であるなら、アメリカ軍は合理的で実用的。アメリカ型の「ミリタリー・アウター」が、今日、日本をはじめ世界的に人気がある背景の一片だ。

 アメリカ陸軍の「ミリタリー・アウター」には、『M‒41』や『M‒65』という型式名がある。Mはモデルの意味であり、数字は制式採用の年を示す。つまり、『M‒41』とは1941年採用モデルだ。アメリカ陸軍の最初の戦闘服として生まれたのが、『M‒41』だった。テレビ・シリーズ『コンバット!』でサンダース軍曹(ヴィック・モロー)が、また映画『プライベート・ライアン』ではミラー大尉(トム・ハンクス)が着用していた服である。ただ、『M‒41』は、アメリカ陸軍がアフリカ戦や地中海戦線向けにつくったため、薄いコットン生地を用いており、強度も不足気味だった。厚い生地に替え、すそを長めにして、ふたつの縦型ポケットから、4つのアウトポケットにしたのが『M‒43』。大戦後期のGI(アメリカ兵の意味の俗語で、亜鉛メッキ製の物流用荷札を示す略語、G.I.が語源)が欧州戦線でよく着たジャケットである。

 朝鮮戦争では、『M‒43』の前開き部分をジッパーに改良した、『M‒51』ジャケットが登場。それとは別に、同じ年に採用されたフード付きコートの『M‒51』がある。冬の朝鮮半島で効果的な衣服として米軍が初めて採用したパーカだ。パーカとはもともと極地に住む民族の防寒衣服で、従来は極地探検隊の隊員が着る特殊な服だった。この『M‒51』パーカは、一般にも広まり、’60年代初めの英国ではモダンジャズ、ザ・フーやキンクスなどの音楽的流行を下地としたモッズ文化が隆盛し、ミュージシャンたちは好んで『M‒51』パーカを着たので、モッズ・コートという異名で世界に浸透した。

 ベトナム戦争では、新型の『M‒65』ジャケットが採用された。『M‒41』以来、普通の紳士服同様のラペル型だった襟が、丸みを帯びた立ち襟型に改められ、一般向けファッションとしても売り出された。映画『タクシードライバー』でロバート・デ・ニーロが着ていたことでさらに有名になり、今では男らしくも軽快な雰囲気が受けて、『M‒65』は、カジュアル・ウエアの定番品となった。

スエードとナイロンを組み合わせた『M-65』タイプ(エイムズギャラリー〈エンメティ〉)
スエードとナイロンを組み合わせた『M-65』タイプ(エイムズギャラリー〈エンメティ〉)

 20世紀初頭にはふたつの大きな発明が行われた。飛行機と自動車の登場である。そのため、「ミリタリー・アウター」には野戦用のフィールド・ジャケットとは別に、航空用のフライト・ジャケットの系譜もある。飛行機も車も狭い操縦席に着座しなければならない。だから、腰丈でカットしたブルゾン・タイプのジャケットが必要となったのだ。その嚆矢は’27年にアメリカ陸軍航空隊が採用した『A‒1』ジャケットである。『A‒1』とは、最初に採用された型式「A」と、原型モデル「1型」を意味する名称で、リブ袖が特徴だった。

そして、ボタン留めの『A‒1』をジッパー閉じに改良した皮革製ジャケット『A‒2』が、’31年に採用された。ジッパーを使用した最初の普及型ジャケットで、航空ジャケットのベストセラーとして今でも広く着用されている。映画『大脱走』でアメリカ軍パイロット、ヒルツ大尉役のスティーヴ・マックイーンが着ていたことでよく知られている。

 一方、アメリカ海軍でも、『A‒2』によく似た空母艦載機パイロット用のジャケット『G‒1』を使用した。汎用を示すジェネラルの「G」である。これも息の長いロングセラーとなり、’80年代の映画『トップガン』でトム・クルーズが着用してフライト・ジャケットの一大ブームを生んだ。面白いことに、皮革製の『G‒1』は高価なために、一般への普及も限定的だった。実際に街で若者たちが着ていたのは、当時のアメリカ空軍(’47年に陸軍から独立)の普及型ナイロン・ジャケット『MA‒1』だった。『MA‒1』は、同空軍が従来型ジャケットを修正(modify/モディファイ)した1型という意味だ。映画でトム・クルーズが着ていたフライト・ジャケットとは異なるが、『MA‒1』が大ブームになったのである。

 ほどよくミリタリーのディテールを加え、上質な素材を使用する「ミリタリー・アウター」は、今ではメンズファッションの核となるスタイルを担っているのである。

この記事の執筆者
TEXT :
辻元よしふみ 服飾史・軍装史研究家
BY :
MEN'S Precious2016年春号「無骨なアイテムが、ラグジュアリーに昇華!紳士のための「ミリタリー・アウター」」より
軍装史研究の第一人者として、中央省庁や企業でアドバイザーを務める。著書に『図説 軍服の歴史5000年』(彩流社)など多数。
クレジット :
撮影/唐澤光也(パイルドライバー/静物) 文/辻元よしふみ スタイリスト/村上忠正 構成/矢部克已(UFFIZI MEDIA)
TAGS: