私がオーダーメイドで仕立てたジャケットにそでを通すとき、必ず気に留めるポイントがある。
第一に腕の上げ下ろし。腕を上げてもジャケットの身頃がそでに引っ張られずに、体にフィットしていること。これは、ジャケットの着用感において、気にしなければならない基本中の基本で、そでつけの良し悪しが簡単に判断できる。
次に肩入れ。肩を入れたとき、肩周りの微妙な空間の余裕やなじみ具合を感覚的に捉える。うまく仕立てられていれば、何の違和感もなくジャケットに肩が自然に収まる。
そして、肩の載り具合。“ジャケットは肩で着る”という、テーラーの間で昔から言われている格言のようなものがあるが、ジャケットの着用感そのものは、肩の載り具合を指していると言ってもいい。つまり、肩に重みを感じるジャケットは、何か仕立てに問題が生じ、うまく仕上がっていないのである。仕立て職人はジャケットづくりで、着心地に影響を与える、えり付けやそで付け部分の肩周りに最も気を使うのである。これら3つのポイントを私は直感的に判断する。
凄腕マエストロがたどり着いたやじろべえ理論
「サルトリア イプシロン」のオーナーであり凄腕のマエストロ、船橋幸彦氏が仕立てるジャケットは、そんなポイントをいとも簡単に凌駕する。新たに登場したモデル『ジャッカ レッジェーラ』は、30年を超えるイタリア(ローマとミラノ)での服づくりに裏打ちされた一着。船橋氏が長年の服づくりでたどり着いた、やじろべえの考え方がジャケットに生かされている。
やじろべえとはバランスである。中心となる1点から左右の重さが保たれているものだ。船橋氏は、ローマでサルトリアを営んでいたころから、このバランスを気にし続けてきたそうだ。どのように表現すれば、均整の取れたジャケットになるのか。試行錯誤を続け、近年、やじろべえ理論として結実し、国内特許を取得。今、世界特許出願申請中でもある。
このやじろべえ理論とは何か。それに答えるには、これまで「サルトリア イプシロン」で仕立ててきた私の体感で表そう。船橋氏がつくり上げるジャケットは、服が肩に載っているのか、載っていないのか、よくわからないほど軽い。もちろん、肩に載っているのだが、薄い空気の幕がジャケットと肩の間にあり、浮いているような感じがする。『ジャッカ レッジェーラ』を着用しなければ、なかなかわかりにくい感覚かもしれない。しかし、採寸から導き出したやじろべえ理論で、バランスを完璧に保つ仕立てに船橋氏は到達した。左右の肩の均整だけではなく、前身頃と後身頃とのバランスも保つため、ジャケットが体の動きに自然に寄り添う。座ったとき、ジャケットのボタンを閉めたままでも肩が抜けずに、上えりが首回りに吸い付いた状態をキープする。バランスが合っていなければ、まずこうはならない。
『ジャッカ レッジェーラ』は、肩パッドやゆき綿も用いず、ほんの薄いメッシュの毛芯をフロントに使っただけの構造である。ボタンや薄い芯地を除けば、生地の重さがイコール、ジャケットの重量と言えるほどだ。
かつて、吉田茂首相がとあるテーラーに語ったことが、船橋氏の記憶に残る。「浴衣のような軽いジャケットをつくってほしい」と。“ジャッカ レッジェーラ”は、まるでそれに応えるかのように、イタリアで育んだ超絶技と、日本人の繊細な感性が溶け合ったジャケットである。
サルトリア イプシロン
問い合わせ先
- サルトリア イプシロン TEL:03-6225-2257
- 住所/東京都中央区日本橋本町4-7-2 ニュー小林ビル3F
営業時間/10:00~19:30 正月とお盆期間休み
価格/『ジャッカ レッジェーラ』※写真の生地の場合
ディスティント(ほとんどの工程が手縫い)¥313,000
ボーノ(ミシンと手縫いの併用)¥188,000
- TEXT :
- 矢部克已 エグゼクティブファッションエディター
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