2018年3月30日(金)、ファン待望の映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』が公開される。日本公開に先立ち本日3月5日(日本時間)にアカデミー賞が発表された。結果は知っての通り日本人メイクアップアーティストの辻 一弘がメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞と、日本で今もっとも注目されている作品だ。そこで3月30日の映画公開前にウィンストンチャーチルがどのような功績を残したのか? 過去の作品で予習する。

アカデミー賞受賞で再燃!ウィンストン・チャーチルの魅力

「ダーケストアワー」

英国で先行公開された「ダーケスト・アワー」のポスター
英国で先行公開された「ダーケスト・アワー」のポスター

 ウィンストン・チャーチル。ご存じのとおり、英国が生んだ20世紀最大の政治家であります。もし彼が1940年に英国の首相に就任し、米国を巻き込んでヒトラーを倒さなかったら、世界は、われわれ日本人はどうなっていたか? 背筋が凍るようなシナリオだって想定可能なんであります。

 ロシアを除くヨーロッパ大陸全土を支配下におきつつあったナチスドイツ。逆に植民地の独立運動などが原因で、その力に陰りがみえてきた落日の帝国を率い、チャーチルはどのようにヒトラーの野望を砕いたのか──。

 戦後70年以上過ぎた今でも世界の歴史家や政治学者は次から次へと最新の研究を発表し、年間何百冊という〈チャーチルがらみ〉の本が出版されているのですが、そのテーマは必ずしもチャーチルの対独政策や政治家としての功罪にスポットライトを当てたものばかりではない。大仕事をなしとげたこの老政治家の人間性やライフスタイルについて掘り下げた本も実に多い。

 彼のスピーチや名言、シガー、服装や絵について。妻クレミーとの関係。そうですよね、政治だって戦争だって人間がやるのだもの、リーダーの人格や日々の振る舞いと無関係であるわけがない。またチャーチルは、他の政治家と比べると、その、「人間力」の質量と充実が凄まじいんですよ。 そのあたりを見逃さないのは映画やテレビ業界も同じ。身長170㎝、体重90㎏。およそヒーローには似つかわしくない体形だが、制作者たちはむしろチャーチルの巨大な人間性と短軀のギャップに創作意欲が湧くのである。今までいったい何本の映画がチャーチルを主人公に制作されたことか。ここにまとめたのはほんの一部。脇役での登場まで含めたら何百何千という数字になるだろう。

 そんなチャーチル映画の決定版とでもいうべき作品が冒頭で紹介したジョー・ライト監督作品の『ダーケスト・アワー』。日本での公開日は2018年3月30日だ。チャーチルにほっそりしているゲイリー・オールドマンをあてた配役もびっくりしたが、それには確固とした理由がある。聞く人に忘れがたい印象を与えるオールドマン独特の「声」がこの作品に命を吹き込むという確信がライトにあったからだろう。そう、『ダーケスト・アワー』が注目したチャーチルの人間力は、彼のスピーチなのである。

 チャーチルの演説といえば首相就任時の下院演説「私には、血、労苦、涙、汗以外に提供できるものは何もない」(1940年5月13日)、そして「われわれは決して降伏しない」と高らかに宣言した同じく下院での演説(同年6月4日)が特に有名だ。

 監督のライトはこのふたつの演説を含む3つの重要なスピーチが就任後僅か1か月の間になされたことに深い感銘を受けた。軍備で劣り、第一次大戦の後遺症で厭戦気分すら漂う当時の英国を眠りから覚まさせ、5年にわたるドイツとの消耗戦に耐え抜かせたのは、まさにこれらチャーチルのスピーチだったからである。言葉が国を動かしたのである。

 今と違い、当時の政治家は演説の原稿は自分で書いた。チャーチルの「血、労苦、涙、汗」のフレーズも単なる思い付きではなく、古くはローマ時代からの政治家や詩人の言葉を巧みに言い換え、耳なじみのよいものに仕立てている。そして準備した草稿を何度もケント州チャートウェルの自宅で練習し、演説に臨んでいる。演説そのものが「血、労苦、涙、汗」の結晶なのだから、感動を呼ばないわけがない。

 映画『ダーケスト・アワー』は、それらのスピーチが生まれる過程をスリリングに追うことによって、フェイクニュースなどで失われた言葉への信頼回復を図り、さらにぼくたち大人の男へは、チャーチルの如く「言葉の力」を鍛えよと訴えているようにも思えるのである。

ウィンストンチャーチルの功績を映画で振り返る

『イングロリアス・バスターズ』

クエンティン・タランティーノ監督の、第二次大戦末期のパリを舞台とした娯楽作。第4章で登場するチャーチル役はタランティーノたっての希望で、当時俳優業から離れていたロッド・テイラーが演じている。
クエンティン・タランティーノ監督の、第二次大戦末期のパリを舞台とした娯楽作。第4章で登場するチャーチル役はタランティーノたっての希望で、当時俳優業から離れていたロッド・テイラーが演じている。

『CHURCHILL』

ノルマンディー上陸作戦直前の緊迫した状況に焦点を絞り、チャーチルの実像に迫った映画。アイルランド系の俳優ブライアン・コックスがチャーチル役。劇中重要な役割を果たす妻役をミランダ・リチャードソンが演じた。
ノルマンディー上陸作戦直前の緊迫した状況に焦点を絞り、チャーチルの実像に迫った映画。アイルランド系の俳優ブライアン・コックスがチャーチル役。劇中重要な役割を果たす妻役をミランダ・リチャードソンが演じた。

『チャーチル第二次大戦の嵐』

こちらもリドリー&トニー・スコット製作総指揮、HBO&BBC制作のTVドラマ。第二次大戦開戦前夜からドイツ降伏後の首相退陣までを描いた作品。チャーチルは役はアイルランド出身のブレンダン・グリーソン。
こちらもリドリー&トニー・スコット製作総指揮、HBO&BBC制作のTVドラマ。第二次大戦開戦前夜からドイツ降伏後の首相退陣までを描いた作品。チャーチルは役はアイルランド出身のブレンダン・グリーソン。
この記事の執筆者
TEXT :
林 信朗 服飾評論家
BY :
MEN'S Precious2017年冬号 稀代の紳士、ウィンストン・チャーチル。今こそ、この傑物に学べ!
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。
クレジット :
撮影/池田 敦(パイルドライバー) 構成/菅原幸裕
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