なぜ、このかたちになったのか。なぜ、この大きさが必要なのか。なぜ、この付加機能が生まれたのか。そういうすべては、たとえばトレンチコートが戦場で生まれたことや、ポロシャツがテニスコートで生まれたこと、タッセルシューズのタッセルが必要になったことなどと同じに、必ず理由がある。物語があるのだ。そしてそういう物語が男は好きだ。
つまり男は時計の物語を読むのが愉しい。だから、たとえ同じに見えても、いくつも時計を買ってしまう。時計に魅せられ、夢中になってしまう。すなわち時計とは、男の大好きな物語なのだ。
スターリングシルバーのケースを職人が伝統的な彫金技術で仕上げた、19世紀末のアメリカ西部を彷彿させる懐中時計。ずっしりとした手応えのなかに詰められたのは、メカだけではなく時計の「物語」なのである。
エルメス『アルソー ルゥール ドゥ ラ リュンヌ』
太古の頃、時間は目にすることのできない不思議なものであり、太陽の高さや、月の満ち欠け、星々の巡りによってのみ知りえるものであった。そしてそうした太陽や月や星の動きを観察し、写し取ろうとしたのが、時計の始まりだ。で、それだからなのだろう。人は今でも時計に天空の営みを重ねる。時計に宇宙を感じるのだ。
ブレゲ『トラディション 7067』
時間は永遠のもの。途切れることなく流れ続けるものだ。だからそんな時間を表す時計は、その黎明期にはしばしば永遠に動き続けることを目ざした、すなわち永久機関を創造する試みと同義であった。つまり時計はかつて人類が夢見た幻の装置をルーツに持つ。そんな幻夢を秘めたマシーンであり、そこが男の心を揺さぶり魅了するのだ。
IWC『パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・トップガン “モハーヴェ・デザート”』
時計は目にすることのできない時間を表すために生まれてきた。そうして時計が時間を表したとき、だれもが「同じ時間」を生きることになった。時間が社会の約束事になったのだ。たとえば、何時にどこでだれと何をすべきか。そういう約束は見えない時間を時計が表したからできるようになったこと。つまり時計は時間を計るツールであり、それゆえに人と人をつなぐツールとなった。時計は自分と社会をつなぐ、とても大切なツールなのだ。
ヴァシュロン・コンスタンタン『パトリモニー・オートマティック』
かつて時計は時間を知るために不可欠なものであり、それゆえに時計を腕につけているのは「時間を守る」ということを表す、いわば社会人の証であった。しかし一方、大切な人との会話などの最中に時計が腕元に見えるのは、相手に「時間を気にしている」と思わせてしまう、とても不作法なことになる。そしてそれだから、薄くそで口に隠れるドレスウォッチを選ぶのが、最も知的でエレガントな所作。大人の男の最上級の装いなのだ。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
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- クレジット :
- 撮影/戸田嘉昭(パイルドライバー)スタイリスト/石川英治(Tablerockstudio)、河又雅俊 構成/山下英介(本誌)