みなさん、あけましておめでとうございます。

ほぼ一年もご無沙汰してしまいました。申し訳ない限りです。見捨てずにいてくださった読者の皆様と編集部スタッフには、感謝してもしきれません。この一年ほど、かつてないほどソーシャルイベントの仕事がありました。何らかのテーマについてレクチャーしたり語ったりし、その後は参加者全員が交流、という講座やサロンやティーパーティーなど。私に限った現象ではなく、SNSの投稿やウェブ上のレポートなどを見る限り、どうやらいたるところで学びと社交をセットにしたイベントが増えているようです。そのような場では、初対面の参加者同士のつながりが生まれこともあります。実は昨年のクリスマス前夜に、3組の「カップル」から写真付きのメッセージが送られてきました。

「あの講座で知り合ったSさんと、いま、サシ飲み中です」

「先日のサロンでお目にかかったHさんと朝まで飲んで、これから一緒に朝ごはん食べに行きます」

「この前のパーティーで会ったKさんと、二人でクリスマスケーキを食べています」

まあ、ええことではないか、と思うでしょう? でもこれがすべて男同士だとしたら。

上品な美女も大勢参加していたはずの大人のサロンで、思わぬ副産物として生まれた「カップル」3組が、すべて男同士だったのです。ご縁を作った(結果として、ですが)私に報告をするという礼儀を尽くしているのがたまたま男同士の「カップル」であり、男女カップルが成立していたとしても、水面下でひそかに進行中というだけなのかもしれません。そんな事情を差し引いたとしても、3組も男同士の組み合わせが生まれるというのは衝撃ではありませんか。

先ほどから「カップル」と言っておりますが、ここで内情を明らかにするならば、彼らはホモセクシュアルではありません。外から見れば恋人なみの仲睦まじさですが、そこに性的関係はありません(と彼らは言っています)。

 ゲイではない男同士のほぼ恋愛に近い関係、このような関係は、ブロマンスと呼ばれています。まだこの言葉が耳慣れない方のために簡単に説明させていただきますと、ブロマンスとはブラザーとロマンスを組み合わせた造語です。1990年代に、「ビッグ・ブラザー」というスケボー誌の編集をしていたデイヴ・カーニーが造ったことばとされていますが、日本でも脚光を浴びるようになったのは、BBCドラマ「シャーロック」の大ヒットからです。19世紀の古典「シャーロック・ホームズ」の舞台を21世紀に移し替えたスピーディーでスタイリッシュなドラマですが、ベネディクト・カンバーバッチが演じる顧問探偵シャーロックと、その助手にして元軍医のジョン・ワトソン(演じるのはマーティン・フリーマン)、この二人の関係がブロマンスとしてドラマの見どころの一つになったのです。周囲は二人を「恋人でしょ?」と見るのですが、ゲイではない二人はあくまで礼儀正しくロマンスを否定する。毎度「お約束」のようにさしはさまれる二人の当惑が、なんともかわいいのです。(こう見るのは「腐女子」っぽい?)

男どうしの友愛関係は昔からありました。1970年代にポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの黄金コンビが演じたブッチとサンダンス(「明日に向かって撃て!」)のような。当時はまだホモセクシュアルがタブー視された時代で、ゲイではない男同士の友愛はあくまで、マッチョなバディ(相棒)として扱われていました。

でも、21世紀に入り、同性婚も増え、ゲイカップルも珍しくなく、男同士の愛があっても不思議じゃないよね、という寛容な空気が広がります。ブロマンスは、そんな時代における男と男の友情以上の情熱的な関係として命名され、認められるようになった次第。昨年、才色兼備の弁護士と結婚したジョージ・クルーニーも、ブラッド・ピットとは長年にわたりブロマンスの関係にあると見られてきました。若干の揶揄の底流には、羨望や憧れが見えます。思えば古代ギリシア時代、プラトンはすでに「男と男の間の真の友情は、永遠不滅である」ということばを残していますが、この時プラトンが思い描いていた関係もまた、当時まだ言葉を与えられていなかったブロマンスであったのでしょう。

というわけで、いまやおしゃれ(?)になったブロマンス。意識の高い3組の男性たちがその関係をアピールするのも無理からぬことかもしれません。シャーロックとジョンみたいに多くの時間と経験を共有しているのに「いや、違うんです」と頑なにロマンスを認めないのが本来のブロマンスではありますが、まあ、人と人の関係においてバリエーションはつきもの。自らブロマンスと認め合う関係もまたアリでしょう。

さてブロマンスの魅力的なモデル、シャーロックとジョンに戻ります。冷酷な「高機能社会性欠陥者」であったシャーロックが、愛するジョンの結婚式において、ベストマンとしてスピーチをするシーンの中から、ブロマンス的な感情があふれるセリフをご紹介します。

シャーロックのスピーチは、ゲストをぎょっとさせるネガティブな語りから始まります。愛という感情を「理性とは正反対」と軽蔑し、結婚式を「不誠実で見かけ倒し」と全否定し、ジョンに対する嫌味をつらつらと並べ、自分がいかに不愉快で礼儀を知らないサイテーのヤツかということを饒舌に語ります。シャーロックの性格を知る観客は、彼らしいブラックユーモア炸裂ににやりとしますが、披露宴のゲストは凍りつきます。その凍結状態から一転、シャーロックはジョンに対するこのうえなく誠実でアツい感情をほとばしらせるのです。

John, I am a ridiculous man, redeemed only by the warmth and constancy of your friendship.

「ジョン、ぼくはバカな男だ。埋め合わせてくれたのは、いつも変わらない、あたたかな君の友情だけだ」

ジョンが妻として選んだメアリーにも気配りをしながら、こんな誓いのことばで感動をクライマックスへともっていき、ゲストを泣かせます。

 Today, you sit between the woman you have made your wife and the man you have saved. In short, the two people who love you most in all this world. And I know I speak for Mary as well when I say we will never let you down, and we have a lifetime ahead to prove that.

 「今日、君は、妻に選んだ女性と、君が救った男の間に座っている。つまり、世界で一番君のことを愛している二人の間にいる。僕がこれから言うことは、妻となったメアリーのことばでもあるはずだ。僕たちは絶対に君を失望させたりしない。生涯をかけて、それを証明してみせる」

脚本家が、書きながら涙ぐんだという最後のセリフには、私も書きながらグッときます。同時に、ブロマンスは、間に一人女性が入ることで、いっそう強化されるということにも気づくのです。そういえば、トリュフォー監督の「突然炎のごとく」のピエールとジムは、間にカトリーヌが入って深まったブロマンスだし(フランス語の原題がまさしくピエールとジム)、ブッチとサンダンスも、間にエッタ(キャサリン・ロス)が入ったことで絆をより強めていったブロマンスと見えなくもありません。女はむしろ二人の関係を一層強めるためのスパイス程度でしかありません。となれば、強烈であればあるほうが、効きます。カトリーヌも強烈でしたが、メアリーは最強。逆に、自由奔放に生きたい自立した女の視点に立ってみれば、一対一で向き合う重たい関係よりも、ブロマンスで結びつく二人の男を相手にしていた方が意外とラクで楽しい。というわけで、ブロマンスはこれからも増え続けていくのではないかと見ています。Let's see...

 

ブロマンス・カップルを生んだサロンのひとつ、「シャーロック・ナイト」。チャーリー・ヴァイスのご協力を得て2014年11月に開催したサロンでは、メンズプレシャス本誌でもおなじみの島地勝彦さん、ソリマチアキラさん、綿谷寛さんもミニスピーチをおこない盛り上がりました。写真は、綿谷寛・画伯が作成して参加者すべてに配ってくださったサプライズギフト、カンバーバッチのシルエットを描いた「缶バッチ」。

ブロマンス研究書。マイケル・デアンジェリス編『ブロマンスを読む』。

この記事の執筆者
日本経済新聞、読売新聞ほか多媒体で連載記事を執筆。著書『紳士の名品50』(小学館)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)ほか多数。『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)6月26日発売。
公式サイト:中野香織オフィシャルサイト
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