エクストラヴァガンザとは、形式においても内容においても自由奔放なスタイルを貫き、衣装や舞台装置にも凝りに凝った、なんでもありのコミックオペラのようなもの。
キレがよすぎて笑えるアクション、過去の数々のスパイ映画からの引用、痛烈な現代社会批判、チャヴ(イギリスの労働者階級の不良少年)が一人前のジェントルマンスパイに成長する感動、現代紳士の武装たるサヴィルロウのダブルスーツの色気、音楽選びのセンス、キャスティングの洒落っ気と、キッチュなキャラクターのイキのよさ、細かい事実が冴えわたる脚本。
もう語りどころ満載。マニア心を刺激し、あらゆる感情をかきたてるという意味で、単にスパイアクション映画というよりもむしろ、エクストラヴァガンザと表現するのがもっともふさわしいように思えます。
スパイ組織の本部「キングズマン」は、サヴィルロウのテイラーという設定ですが、モデルになったのは実在のテイラー「ハンツマン」。ハンツマンそっくりのセットをスタジオに作り、ハンツマンの全面的な協力のもと、外観や内装をリアルに再現したそうです。
円卓の騎士に由来するコードネーム(アーサー、ガラハッド、ランスロット、そして魔術師マーリン)を与えられたジェントルマンスパイたちが着るスーツは、若干の大時代感が絶妙に新鮮なダブルのスーツ。
これに「武器」として靴、傘、ペン、ライター、メガネ、時計、シグネットリングなどをフル装備する。
試着室の奥に現れる「武器庫」の壮観ときたら......クラシックなスーツスタイルが好きな方にとっては鳥肌ものです。
チャヴだったエグジー(タロン・エガートン)が、ジャーミンストリートの香りがしそうなグルーミングを決め、黒メガネをかけ、キングスマンスタイルで登場し、0.3秒のウィンクをしてみせるシーンには、少なからぬ女性が悶絶するのではないでしょうか。
「マイ・フェア・レディ」で、花売り娘だったオードリー・ヘップバーンが舞踏会用の白いドレスをまとい階段をしずしずとおりてくるシーンと同じ陶酔がそこにあります。
ちなみにスーツに関しては、マシュー・ヴォーンと衣装デザイナーのアリアンヌ・フィリップ、そしてMr.Porterが協働してこの映画のためにキングスマン・コレクションを作り、映画のなかでキャラクターに着せていると同時に、実際に販売もしています。なんと商売もちゃっかり。
衣装つながりでいえば、キングズマン候補生たちが、サイレンスーツを着て並ぶシーンがあるんですよね。
サー・ウィンストン・チャーチルが、第二次世界大戦中、サイレンが鳴ってもすぐに執務できるように着用したツナギ型のスーツです。
今年の秋冬コレクションのひとつに、ラルフ・ローレンがサイレンスーツを出していますが、それはひょっとしたらこの映画の影響があったのでしょうか?
そんなこんなの映画衣装談義も尽きないのですが、ジェントルマンシップの学徒にとって、味わい深いセリフも満載。
"Manners Maketh Man"(礼儀・作法が人を作る / 14世紀の神学者「ウィカムのウィリアム」のモットー。ウィンチェスター・カレッジの紋章にも記される)
"If you are prepared to adapt, you can transform"(その気になりさえすれば、変わることができる)
などなど、フィールグッドなセリフもちりばめられますが、私がしびれたのはこちらです。
A gentleman's name should appear in the newspaper only three times: When he's born, when he marries, and when he dies.
(ジェントルマンの名前が新聞に出るのは、一生のうち三回だけ。生まれた時、結婚したとき、そして死ぬ時だ)
ジェントルマンは名声など求めない。スキャンダルも起こさない。正体は謎めいたまま、深く潜航し、確実に「世界を救う」仕事をする。
現代ウケするエクストラヴァガバンザながら、底流に響く美学は、伝統的ジェントルマンの抑制と苦み走るドライなユーモアなんですよね。
ほかならぬその点が、この映画の、たまらない魅力の源泉です。
中世の騎士のように姫を助けたら、ボンドのようなお楽しみが待っている......のオチの扱いも含め、
収まりきらず、予想もつかない、ダークで陽気な新・英国紳士ワールドの炸裂。
「アメリカ的」なるものの、「右」も「左」も、皆殺し。
スティッフ・アッパー・リップ(上唇をぴくりとも動かさないイギリス紳士を特徴づける表情)のスタイリッシュな逆襲とも呼べそうな快作の余韻は、しばらく続きそうです。
- TEXT :
- 中野香織 服飾史家・エッセイスト
公式サイト:中野香織オフィシャルサイト
Faceboook へのリンク
Twitter へのリンク
Instagram へのリンク