そんなトレンドに便乗して、本日は、「なんと紳士的なふるまいなのであろうか」と心を動かされたある一人の「ジェントルウーマン」を登場させることをお許しください。

彼女の名は、アリアドナ・グティエレス。2015年ミス・ユニヴァース世界大会に出場した、コロンビア代表です。

12月20日にラスベガスで行われたこの大会のクライマックス、優勝者発表の瞬間。司会者のスティーヴ・ハーヴェイは、優勝者をコロンビア代表のアリアドナと発表しました。栄誉あるMISS UNIVERSE のタスキをかけられ、戴冠するミス・コロンビア。満面の笑顔で観客に手を振り、投げキッスをして、全身で喜びと誇りを表現していました。

およそ50秒後。司会者のハーヴェイが、のこのこと申し訳なさそうな顔で出てきます。「謝らなくてはなりません。第二位がコロンビアです。ミス・ユニヴァース2015は、フィリピンです」。

なにが起きたかわからないのは、ミス・コロンビアもミス・フィリピンも同じ。隣にいたミス・アメリカに促されるようにして、フィリピンのピア・アロンソ・ウォルツバックが前へ出てきます。必死に冷静を装うアリアドナの頭からクラウンがはずされ、それはそのままピアの頭上に輝きます。

この一部始終はテレビで世界に中継されていました。

アリアドナの心中は、いかばかりであったでしょう。天国から地獄とはこのことではないでしょうか。司会者がこのとんでもない大間違いをしたばかりに、本来ならば味わうこともなかった恥ずかしさや当惑、これ以上はないと思われる感情の急降下まで経験しなくてはならなくなったのです。そのまま会場から姿を消して、ひとりで泣きくれたいほどのショックだったと憶測します。

ところが、アリアドナの対応は立派なものでした。涙をふきながら、でも笑顔を保って、このように言い切ったのです。

"Everything happens for a reason so I'm happy...  Thank you for all. Thank you for voting for me."
(「起きることすべてには、理由があるのよ。私は満足。私に投票してくださったみなさん、ありがとう」)

人間の本性は、唐突に訪れる窮地や危機的状況において明らかになるものです。最悪の状況での、世にもエレガントなこの対応で、ミス・コロンビアは、世界中の視聴者の心をわしづかみにし、公式な優勝こそ逃したものの、この大会の隠れた「勝者」になったこと、言うまでもありません。

思えばミス・ユニヴァース・コンテストなんて、この司会者が象徴していますが、不条理でいいかげんなところが決してないとはいえない世界です。私も昨年、一昨年と地方大会の審査員をしたり出場者を対象にした講師をしたりしましたが、いまだに交通費すら支払ってもらえません。

しかし、そのように理不尽なところも見え隠れする世界で、自分の可能性に賭け、「ビューティーキャンプ」を通してアスリートのように自らを鍛え上げ、大舞台での勝負をかけていく女性たちの真摯な努力には、敬意を覚えています。講師として彼女たちと触れ合って、人生を切り開いていこうとする態度や圧倒的な努力に共感し、友人になった女性も何人かいます。13センチヒールをはき、世界基準の「型」にはめる苛酷な訓練を重ねる過程で、とことん自分自身と向き合い、かけがえのない自分らしさを見つけていく、それがミス・ユニヴァース出場者が経験する「心の旅」なのです。大会は、それぞれが見つけた価値を証明する舞台でもありましょう。

ミスコンだけではなく、私たちそれぞれが闘う世界も、不条理やら理不尽やらにあふれています。そもそもどんなに頑張って何かを築き上げようとも、早晩、必ずこの世から手ぶらで「退場」しなくてはならないという一種の「虚しさ」からは誰も逃れることはできません。

そんな世界でも、投げやりにならず、希望を見出し、磨き、鍛え、闘っていく。他人のとんでもない大失態のとばっちりをくらっても、涙と笑顔で寛大に赦し、ひとつの試練と受けとめて次へ行く。アリアドナはまさに、グローバルにしてジェンダーレスな「人間の美」の世界基準を証明してみせてくれました。

日本における多文化主義とは何かということを多くの人に考えさせた、日本代表の宮本エリアナさんの健闘にも心より敬意を表します。日本代表に決まってからの9か月間、一部のバッシングにも決して負けなかったエリアナさんの笑顔を私は忘れません。

それにしても。新女王ミス・フィリピンを称える記事を読んでいて新鮮な驚きを覚えた形容詞が「fierce(フィアス、獰猛な)」。肉食獣を思わせる獰猛なエレガンスがミス・ユニヴァースの基準のひとつなのですな。なるほど、農耕民族にはなかなかピンとこないわけです。

Photo by courtesy of official Facebook page of MissUniverse2015
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この記事の執筆者
日本経済新聞、読売新聞ほか多媒体で連載記事を執筆。著書『紳士の名品50』(小学館)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)ほか多数。『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)6月26日発売。
公式サイト:中野香織オフィシャルサイト
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