あけましておめでとうございます。

 さて新春早々、緊迫の世界情勢に反して、日本では福袋買占めだのタレントの不倫疑惑だのと平和ボケゆるゆるの騒ぎが聞こえてきますが、こんなときこそ、浮かれた空気には同調せず、シビアな話から始めたくなります。

 みなさまは、人が受ける数々の試練のなかで、もっともつらいものは何だとお思いになりますか?

 もちろん、人や状況によって感覚は異なるでしょうから一概にはくくれないのですが、たとえば『武士道』英語版まで書いた明治・大正・昭和の超インテリにして教育家にして国連事務局次長までつとめた新渡戸稲造先生は、このように断言しています。

 「人間社会で不愉快なる感を与うるものは数多あるが、これを一々区別して、何が最も有力なるかを尋ぬるに、貧困よりも疾病よりも、失望よりも何よりも、他人から悪く批評されることが最も有力なものであろう」(『自警録』(講談社学術文庫))

 英雄も聖人も豪傑も批判・誹謗に苦しんでおり、かつ悪口好きな人の口は封じ込められないので、それに対して言われたほうはいかなる心構えでいるべきかを、稲造先生は、まるまる一章かけて説いています。人並み以上に打たれ弱いワタクシは、たびたびこの本を熟読して心のタフネスを鍛えてきました。完全に強くなるには、まだまだ修行が必要ですけれど、「日ごろの行状を慎み、日常の信用を厚うする」(『自警録』)ことが最大の防御であり、「正しさ」の証明になると実感し、信じるに至っています。
 では、悪口とまでいかなくても、ゴシップとして面白おかしく俎上に載せられてしまう場合はどのような心がまえでいたらよいのでしょうか。

 先日も、ふだんほとんどおつきあいのない方が、私に関するこんなうわさ話を聞いたと知らせてくれたのですが(ご丁寧にありがとうございます)、話が盛りに盛られてお笑いまじりのフィクションになっており、出所をたどってみると、信頼していた知人でした。

 ご本人は悪気がなかったと思うのですが、ぽろっとどなたかに「ここだけの話ね」と私信の内容をばらしてしまったらしいのです。それに尾ひれはひれをつけられ、第三者どころか第五者、第七者に伝わるころには、当の本人すら何のことかわからない、広めるべき面白「ネタ」と化していたのでした。それがわかったときの衝撃というか脱力というか。

 いまはそういうガラス張りのお時代なんですね。

 
 
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〝I'm trying really hard not to get hurt again."

 こういうときに、「裏切られた」と悲しむのもダサイし、しゃくですね。面白がって話してる人たちはたいしてシリアスには考えてなくて、単にその場を盛り上げるための「ネタ」としてテキトーに消費しているだけですから。大した内容でもないことに対して傷ついた様子を見せるのは、ばからしい。

 が、本音を言えば、傷ついていないことを装うためにエネルギーを費やしますね。 「傷つかない」ためなら、いかなるレトリックだって編み出せるほど、経験を積んだかもしれません。硬度の高いダイヤモンドは、なまじなことでは傷つかない、と自身に言い聞かせて。

 しかし、そんな経験をすることで、いいこともあります。スケールも文脈もまったくちがいますが、身近な人に私信やテープなどをマスメディアに売られてゴシップネタになってしまったダイアナ妃やらデイヴィッド・ベッカムやらの気持ちが少しは理解できるようになります。彼らのようにゴシップがつきもののスタイルアイコンの記事を書く身には、ありがたい経験だと思うことにしています。ヒマな外野は「有名税だから」と一笑に付し、うわさ話を消費して終わりですが、一度似たような経験をしてしまうと、耐えて沈黙を守る当事者の心の奥に共感できるようになります。

 さらに、ネタとして面白がられているというのも、悪いことではないのかもしれません。劇作家オスカー・ワイルドは『ドリアングレイの肖像』のなかでこのように書いています。

"There is only one thing in the world worse than being talked about, and that is not being talked about."
(「うわさされるより悪いことがただひとつある。まったくうわさされないことだ」)

 うわさされることで、人の「気」が集まり、エネルギーになっていく。ダイアナ妃も、ベッカムも、暴露事件のその後、かえってパワーアップしていきました。そう見ると、救われるし、感謝すらできる。うわさされるうちが、華ですね。

 このように心の態度を決めると、すがすがしいというか、腹が据わります。ネタになります、喜んで。

 それにしても、喜々として他人のうわさ話をしている、あるいは私的なやりとりを漏らす口の軽い男ほど(女もですが)、興ざめなものはありません。「自分のことも他所でこんなふうに話されるんだろうなあ」と想像すると、「ないわ~」と冷めていきます。まあ、他意のないゴシップは、サルの仲間同士の「毛づくろい」みたいなもので、私もときどき楽しませていただくんですけどね! 信頼で結ばれる関係を築いていけそうだと感じるのは、うわさ話など「聞かざる」「言わざる」態度を一貫して見せる方。数少ないそういう方に出会うためには自分もそうあらねばなりませんね。修養の道はまだまだ続く。

©country boy shane
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この記事の執筆者
日本経済新聞、読売新聞ほか多媒体で連載記事を執筆。著書『紳士の名品50』(小学館)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)ほか多数。『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)6月26日発売。
公式サイト:中野香織オフィシャルサイト
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