実際にイギリスに行ってみても、雑誌に登場するような「ザッツ・英国紳士」にはめったにお目にかかれなかったりするものです。土地や家柄、教育、職業、交友関係やライフスタイルからから見た本物の「ジェントルマン」階級の方々は意外にラフな服装であることが少なくないのです。
ですから、ハロウィーンにかこつけて語る本論においては、あくまでメンズファッションワールドの中で語られるテイラード・ジェントルマンの分析です。現実的なビジネスと憧れ、そして若干の排他主義でできているこのファンタジー世界においては、テイラード・ジェントルマンは次の5つの型に分けられるように思います。

1.王道をいくロイヤルスタイル
2.正統からの逸脱・反逆スタイル
3.伝統にひねりを入れた紳士スタイル
4.虚実皮膜の間に遊ぶ英国紳士スタイル
5.グローバル時代における国際派モダンジェンツ・スタイル

それぞれについて、少し詳しく見ていきます。

1.王道をいくロイヤル・スタイル

スーツの世界において、ドレスコードはほぼイギリス王室が標準になっています。王室メンバーの装いこそがルールというわけです。王室のスタイルといっても一様ではなく、いくつかのサブカテゴリーに分類できます。

まずは「王室にふさわしき抑制」と表現される、エディンバラ公フィリップ殿下の、60年間不変のスタイル。これに関しては本ブログでも以前に詳述しています。基本はシングルのグレーかネイビーのスーツ、装飾は白いポケットスクエアのみ。長年、スーツを担当しているのは、サヴィル・ロウのジョン・ケントと報じられています。

そして、フィリップ殿下の第一子にあたる「プリンス・オブ・サステナビリティ」ことチャールズ皇太子の、サステナ(長持ち)スタイル。30年以上、着用し続けているサヴィル・ロウのアンダーソン&シェパードのコートや、つぎはぎをしながら履き続けているジョン・ロブの靴に、その徹底したサステナぶりが見られます。有機農業を始めた1980年代はメディアから「変人」呼ばわりされ、華やかな胸元のダブルのスーツはどちらかといえば不評を買っていましたが、「エシカル」であることが至上命令となった現代においてはむしろ、古いものを大切にし、環境に配慮する態度こそむしろ称賛に値するということで、「ベスト・ドレスト・マン」の常連に。時代がチャールズ皇太子に追いついてきたのです。

 
 

ロイヤルスタイルのカテゴリーでもう一人あげるとすれば、エリザベス女王のいとこにあたるプリンス・マイケル・オブ・ケントの「皇帝スタイル」でしょうか。たっぷりとたくわえたヒゲ、高い襟腰のシャツ、大きな結び目のタイとともに、プリンス・オブ・ウェールズ・チェックのダブルのスーツを自信にあふれた貫禄で着こなす。親戚のロシア皇帝ニコライ2世とそっくりな容貌も彼にカリスマ性を与えることに貢献していますが、サヴィル・ロウ・ビスポーク協会のシンボルとして崇められるのも納得の装いです。

2.正統からの逸脱・反逆スタイル

逸脱・反逆は紳士世界を語るに欠かせない要素です。ルールを破る反逆児や慣習から逸脱するエキセントリックな男がいつの時代も必ずいて、逆に彼らがこそが紳士ワールドをフレキシブルに豊かに広げてきました。

王室の反逆児といえば、エドワード8世、後にウィンザー公となる方が筆頭に挙げられます。「プリンス・オブ・ウェールズ(Walesですが、whales=鯨、とも聞こえる)」ならぬ「サディーン(いわし)」といじめられてきた反動もあるのでしょうか、行動が大胆で、よくいえば自由奔放。タウンでネイビーのスーツに茶色の靴を合わせたり、チェックにストライプをあわせるパターン・オン・パターンをやってのけたりとルール破りを続々と「あり」にした「プリンス・オブ・ブレーキング・ルールズ」。ついにはファミリーも政府も許さない女性との結婚を選んで王位を放棄してしまうという奔放ぶりで20世紀最大のスキャンダルを起こしましたが、メンズファッション史においては、不動の「キング・オブ・ファッション」であります。
そしてそんな王室メンバーのスーツを仕立ててきた作り手、サヴィル・ロウのなかにも反逆児がいました。

たとえば、60年代から70年代に活躍したトミー・ナッターです。60年代ロンドンのユース革命は彼のスーツなしには語れません。千鳥格子の上着にチェックのウエストコート、巨大にデフォルメされたタイや襟やポケット、ウエストを極度にしぼった、伝統的サヴィル・ロウの品格ある「らしさ」を大胆に逸脱するシルエット。

 
 

自らがブランドアイコンとなっていますが、ミック&ビアンカ・ジャガーが結婚式に着たスーツ、ビートルズの、ジョージ・ハリソン以外のメンバーが「アビー・ロード」のアルバムジャケットで着たスーツもまたトミー・ナッターの手によるもので、60年代ロンドンを描写するときに、トミー・ナッターを着た彼らの写真なしに語ることはできません。
その後、1990年代に入り、リチャード・ジェームズ、オズワルド・ボーティングら「新・サヴィル・ロウ」を打ち出すテーラーが続々と世に出ていき、現在もなお、「サヴィル・ロウの反逆児」をうたう伝統(すでに「反逆」が伝統になりつつあるといっていいでしょう)は脈々と続いています。

今年、没後400年を迎えるイギリスの至宝、ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)は、「ハムレット」のなかで、こんなセリフを書いています。

 
 

"It's a custom More honored in the breach than the observance."
「それは、守るよりも 破ったほうが名誉になる慣習だ」

一晩中飲んで騒いでの宴会の「慣習」を見て、デンマーク王国の王子であるハムレットが言うセリフなのですが。保守王道のロイヤルスタイルが安定して輝き続けるからこそ、「破ったほうが名誉になる慣習」を見ぬき、あるいは無理やり作り、時代にふさわしい新しい一歩を踏み出していくスタイルもまた、テイラード・ジェントルマン世界に必須の定番となるのであります。

というわけで、続きは後編で。


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この記事の執筆者
日本経済新聞、読売新聞ほか多媒体で連載記事を執筆。著書『紳士の名品50』(小学館)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)ほか多数。『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)6月26日発売。
公式サイト:中野香織オフィシャルサイト
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