世界最高峰のギタービルダーは身長が2m近くある大男だ。その名はトッド・クラウス。顧客にはエリック・クラプトン、ジェフ・ベック、キース・リチャーズなど。そうそうたる面々の信頼を集めている。「エリックってどんな人なんだい?」と訊かれたトッドは、低くくぐもった声で「英国紳士だね」と答えた。黒いロックTが似合う彼は生粋のアメリカン。彼がいなかったらロックミュージックは成り立たない。

最高の1本が生まれる瞬間

ポルノグラフィティのギター、新藤晴一氏(写真右)と、『フェンダー』の最高峰の職人でシニアマスタービルダーのひとり、トッド・クラウス(写真左)とのトークイベント。

「これまで、何本もギターを作ってきたけれど、自分の作ったギターがアーティストに弾かれるのを見たり、ショーに展示されているのを見るのが、いつだってうれしい瞬間なんだ。この喜びに慣れることはない。テレビから音が聞こえてきて『あれ、この音は?』と思ったら、やっぱり僕の作ったギターだったってときは曲の終わりまでテレビを見てしまうね」

 彼は、ロックミュージックの大立役者であるギターメーカー『フェンダー』の「シニアマスタービルダー」という肩書を持つクラフトマンだ。マスタービルダーは全12名で日本語に訳すならば「師匠衆」といったところか。その中の「大師匠」がシニアマスタービルダー。どんな木材も、どんな金属部品も、マテリアルを自由に使う権限がある。ギター職人の奥深き世界ーー。

世界的ギターメーカー『フェンダー』の使命

ラフォーレミュージアムの会場に展示された、『フェンダー』のマスタービルダー12名のプロフィール。写真提供:フェンダーミュージック

 フェンダー カスタムショップ製品開発ヴァイス・プレジデントのマイク・ルイスはこう言って笑った。「マスタービルダーはみんな、とてつもないコントロールフリークだから」。材料や工程をマネージする彼らがチームのリーダーとして、アーティストからの依頼で究極の一台を生み出す(のちにそれのコピーが、我々の手元にディフュージョンされる)。1946年以来のフェンダー魂=創業者レオ・フェンダーの言葉:「アーティストは天使で、羽根を与えるのがフェンダーの使命だ」を体現し、伝承する立場にあるというわけだ。

ふたりのシニアマスタービルダーを迎えてのオープニングから、イベントは大盛り上がり。表参道ヒルズ スペース オーの会場にて。写真提供:フェンダーミュージック

 今回の来日イベントは『フェンダー』の最新コレクションの東京見本市の目玉企画のひとつで、「トッド・クラウスとジョン・クルーズが注文者と打ち合わせする様子」を客を入れて公開するというもの。

 日本を代表して、ポルノグラフィティの新藤晴一氏と、UNISON SQUARE GARDENの斎藤宏介氏が登壇する回を興味深く拝見したが、さながらファッション業界用語でいう「ビスポーク」だった。対話をしながら、作り手が注文を受けていく。

 新藤氏が、『フェンダー』のギターをコレクションしたくなる気持ちを訴えると、トッドは「そうなんだよ、ベースボールカードを集めるのに似ているんだ」と茶目っ気顔で笑いながら友好を深めていく。

「どんなギターでも作るよ、自由な注文を言ってくれ」というトッドに、新藤氏は最初「迷ってる」と正直に答えていた。このときばかりはギターキッズに戻ったかのようにキラキラと瞳を輝かせているが、それもむりはない。伝説の匠が目の前にいるのだから。

 ウェルメイドな古典中の古典を望むのか、ありえないような最先端のギターを頼むのかで、新藤氏が気持ちをスイングさせていると、トッドは言った。「ギターを作るときは焦っちゃいけない。何度もよく考えるんだ。途中で考えが変わったら僕に伝えてくれればいいから。メールをくれ」

ロックギターの傷は特別な意味を持つ

UNISON SQUARE GARDENのギター斎藤宏介氏が、「最高の一本」をシニアマスタービルダーのジョン・クルーズにオーダー。会場に詰め掛けたファンは、普段のライブステージでは見られないトークを楽しんでいた。

 一方で、ジョン・クルーズと組んだ斎藤氏は、現在愛用中のフェンダーギターについて、「オレンジ色や(正式なカラー名は”フィエスタレッド”)、塗装の剥げ具合が気に入って手にとってみたんです。実際に弾いてみたら音が良かったので購入を決めた」と出会いを話した。その後に、「フェンダー カスタムショップのギターを演奏することで、ギタリストの自分がランクアップする」とアイテムが纏うオーラについての実感を証言していたのが印象深かった。ふたりはローズウッドの指板の厚みと音の変化について、ずいぶんマニアックに語り合い盛り上がった。

 日本のトップアーティストとのショーを終えたトッドは「いいセッションだった」と満足そうに楽屋に引き上げてきた。

 壇上で、新藤が少し弾いてみせた音に「いい音を鳴らしている」と、感想を言っていた。

「ギター製作には多くの工程と部品があるんだ。木材も金属も電気回路もある。それがミックスされて音が出るんだ。僕が一番好きな作業工程は、ボディーをサンディングしているとき。滑らかで美しい曲面が生まれていく。磨く時間が一番気持ちいい」

トッド・クラウスに自分が求める「最高の一本」に対する熱い思いを伝えた新藤晴一氏。ステージをおりたふたりは、「最高の友人」になっていた。

 ところが、美術品のように美しく磨きこまれた完成ギターがギタリストの手に渡ると、その日から表面にはすり傷が入っていく。高級車の塗装が、いつまでも美しい塗装でありつづけるのとは全く逆の概念ーー。

「ピカピカのギターにひょんなことから最初の傷が入るだろ。そうして、練習すれば練習するほどギターには次から次へと細かい傷が入って行くんだ。抗えない。決して最初には戻らない。でもね、傷が入れば入るほどそのギターは君のものになるんだよ。ギターと人が一心同体になるには練習しかない。ロックギターの傷がとりわけ特別なのはそのせいなんだ」

 ギターの傷が持つ重み。これについては、後編でさらに味わいをお届けしよう。

問い合わせ先

この記事の執筆者
TEXT :
輔老 心 
男性週刊誌、漫画誌に、ライブ感ある取材記事やインタビュー記事を発表している。著書に『いやし犬まるこ』(岩崎書店)、『スーパーパティシエ 辻口博啓 和をもって世界を制す』(文藝春秋)ほか。
PHOTO :
西山輝彦
EDIT :
堀 けいこ
TAGS: