齋藤 薫さんの好評連載「官能コスメ」の第13回は「香り」がテーマ。
エモーショナルに女を表現するような香りで、自分の中の女が目覚め、官能が香りだす……。女にとっての究極の「香りの世界」を読み解きます。
'80年代、プワゾンという香りが一世を風靡したとき、日本の女も「香りの本質」に触れたといわれる。それまでの日本人は香りを纏うことにおいて、欧米人に半世紀もの遅れをとっているとされていた。それが、プワゾンひとつで欧米女性に一気に追いついたとさえいわれたのだ。「香りは誘惑の武器」。そういう香りの本質を、そのままに身に纏う女性が劇的に増えたから。
当時プワゾンをつけていることが、衝動的な恋に落ちてみたいというサインともなり、実際この香りが「媚薬」となって男と女を惹き寄せたものだった。けれどもその反動か、'90年代に入って香りは一気にライト化。CK-1に代表されるようなユニセックスな香りを男と女がシェアするという、香りの新世紀がやってきた。少なくとも香りで異性を誘うのは、少し野暮なことにすら思えたもの。
その後、香りはどんどんエモーショナルな方向に動き、やがてメゾン・フレグランスの時代がやってくる。化粧品ブランドやデザイナーズ・ブランドがファッションの一環として香りをつくる傾向から、メゾンと呼ばれる香りの工房がひとつひとつ絵画のような香りを創造する……そういう新しい流れがやってきたのだ。香りで小さいころの記憶を呼び覚ましたり、原風景をまるで絵を描くように香りで描写したり、調香の仕方からして大きく様変わりしたのである。従って、香りが性を超え、ユニセックスという概念も超えて、より芸術的な領域に入っていったといってもいい。
でもここへ来て、また少し流れが変わる。香りに「性」という概念が蘇り、香りの創造にも性的描写が戻ってきたのだ。まさに「女」の復権! でも聞いてほしいのは、女の香りが「ただの誘惑の道具」ではなく、さまざまな変革を経て、もっともっとエモーショナルに「女」を表現するようなものになったということ。
かつてこの連載で「セクシー」と「センシャル」の違いについて語ったけれど、香りにもまさに同じことが起こっているのだ。もっと繊細に、もっと情緒的に、もっとドラマチックに、香りが女を語るようになってきた。言い換えれば、女たちの中に眠っている「女」を香りが挑発し、引き出して魅力のひとつに仕立て上げるような、そんな動きが起きているのだ。香りで「女」を覚醒させる時代……そういってもいい。
例えばYSLの新しい香りモンパリは、「めまいを起こしそうなほどの恋を表現する、斬新なフローラルシプレー」と自らを表現している。「感覚を失うほどに心奪われ、魅了する。それでいながらすべてを包み込むような洗練された香り」と。かつての誘惑の香りは、いわば作為的に男を魅了するその計算こそ、香りのマジックと捉えていたのに対し、新しい性的描写は、むしろ自分自身を恋という幻惑に誘い込む能力をこそ、香りのマジックと考える、そこには決定的な違いがあると思うのだ。
そして「私のゲラン」という意味のモン ゲランは、かつて新しい時代の女性を表現して圧倒的な人気を博したジッキーと同じボトルを使い、アンジェリーナ・ジョリーをミューズとした香り。まさに自分の中の女を挑発するような香りといってもいいかもしれない。メゾン・フレグランスの代表格アニック グタールが、夜、特別なおめかしをして出掛ける香りのドレス=トニュを作ったのも、そうした新しい時代の到来を物語っている。
さまざまな意味で、香りが女の中に戻ってきた。そういう香りを纏ったとき、自分の中の女が目覚め、自分の中の官能が香りだす。ひょっとすると、思いもよらなかった新しい恋ができるかもしれない。香りの究極の目的は、やはり男と女に狂おしいほどの恋をさせ、我を忘れさせる、至福へのエキスとなることなのだから。
「めまいを起こしそうな恋」を再現。心を掴んではなさないフローラルシプレー
「感覚を失うほどに心奪われ、魅了する。それでいながらすべてを包み込むような洗練された香り」。そういう香りをつくりたかったと自ら語る、誘惑の香り。関わる人を、そしてまた自分自身をも魅了してやまない、心を掴んで離さない、そういう全方位への誘惑の香りをつくったのだ。フローラルシプレーを名乗る香りは多いけれど、そんな中でもとりわけ濃密で奥深く、とても饒舌に自らを主張する。にもかかわらず、極めて洗練された香りであることがやっぱりサンローラン。恋の香りには違いないけれど、単純な淡い恋ではない。ある意味、恋に陶酔するときのような、コントロール不能の状態を思いだしてほしい。そのときの目眩のような香りこそが、自分自身を恋という幻惑に誘い込んでくれる。
アンジェリーナ・ジョリーをミューズとしたモン ゲランは、THEオンナの香り
ゲランの新しい香り、モン ゲランを見て、懐かしさを感じた人は、相当に香りの通。20世紀の超名香ジッキーと同じデザインのボトルを採用したからなのだ。エメ・ゲランがイギリス留学中に出会った、若く美しい女性ジッキーへの忘れ得ぬオマージュとして捧げられた香り、ジッキーは、当時花々の香りが多い中で、それはある意味男性的なモダンオリエンタルとして、一大センセーション巻き起こした。このモンゲランも理想的な女性像をイメージしながらも、どこか男性性を含んだ力強さを持ったフレフレッシュオリエンタル。だからこそミューズはアンジェリーナ・ジョリー。勇気と官能性を併せ持った、21世紀の「女の中の女」を表現した香りである暗示。まさに自分の中の女を挑発するような香りといってもいいかもしれない。
パフを思わせるリアルファーのポンポンがおめかしの香りを饒舌に語りだす
むしろエモーショナルな香りを多くつくってきたアニック グタールが、新しく放った香りは夜、特別なおめかしをして出掛ける香りのイブニング・ドレス=トゥニュ ドゥ ソワレ。その麗しきボトルを目にしただけで、一夜のアバンチュールに誘い込まれたいという衝動にかられるはず。紫のポンポンは、パウダーパフを思わせ、おしろいの香りを彷仏とさせるが、ここはパーティやナイトクラブに漂う夢のような香りを想像してみてほしい。フルーツやシャンパン、女性たちのフレグランス、そんなものが穏やかな時空とえもいわれぬハーモニーを見せる。それをアイリスを中心としたモダングルマンシプレーで表現した。まさに新しい時代のドレスアップの香り。
問い合わせ先
- イヴ・サンローラン・ボーテ TEL : 03-6911-8563
- ゲランお客様窓口 TEL : 0120-140-677
- ブルーベル・ジャパン 香水・化粧品事業本部 TEL : 03-5413-1070
- TEXT :
- 齋藤 薫さん 美容ジャーナリスト
- クレジット :
- 文/齋藤 薫 撮影/戸田嘉昭、宗高聡子(パイルドライバー) 構成/渋谷香菜子