子供を偉くしようという野望などなかった凄い母親。
メイ・マスク、77歳。この人が、天才にして大富豪のイーロン・マスクの母親であることは、誰もが知るところとなった。一体何と言う母子だろう! 何という母親だろう! もはやそういう感嘆詞しか出てこない。ともかく今、世界で話題の人だが、とりわけ中国では息子のイーロンより遥かに人気であるという。
一般論として、こういうとてつもない人物を産み育てた母親には、「イーロン・マスクのつくり方」的な取材が殺到するのだろうが、母親自身が規格外すぎて、この母子をどう理解したらいいのか、そこに戸惑うほどなのだ。

実際ビジネスから芸術芸能の世界まで、あらゆる大物には、その影にだいたい“凄い母親”がいるものだが、この人の凄さは、逆に子供を偉くしようなどという野望がおよそなかったこと。言うならば、子供が勝手に大物になっていったというパターンなのだ。
10年間もの地獄を経て、極貧からのスタート?
いや、これほど尻上がりの人生ってあるのだろうかと、驚くほど。それも、20代30代はほとんど地獄であったというのだから。その始まりは、21歳の時、大学卒業と同時に強引なプロポーズで結婚した相手が、とんでもないDV男だったこと…………。

信じがたいが、新婚旅行から暴力が始まり、まさに殴る蹴る。「馬鹿な女!」「つまらない人間!」そして「醜い!」と、日々罵声を浴びせられたという。けれども、そこから逃げ出す発想はなかったようだ。それも結婚の翌年に妊娠、それから3年間の間に3人の子供を産んでいる。終始身重の体で、幼い子供の面倒を見ていれば、確かに逃げ出すエネルギーなど生まれないはずで、地獄は10年も続いてしまう。でもさすがにこんな生活をしていてはいけないと思い立つのが、子供たちが学校に通い始めた時……。
とはいえ3人の子供を連れ、着の身着のまま600キロ以上も離れた未知なる土地へ移り住み、一体どうやって生きていけばいいのか途方にくれたと言う。おそらくは極貧といっても良い日々。ところがメイ・マスクは驚くなかれ、絶望するどころか惨めな気持ちにさえならずに、むしろゼロから立ち上がって前へ進むことに、ワクワクしたとも言う。
そして、その日暮らしの生活をしながら、多少とも安定的な仕事もと始めたのがモデルの仕事。じつは15歳の頃からモデルの経験はあったのだ。しかし驚くことに、この時ストレスからか体重が90キロにもなっていたと言うが、それそこ“めげない”どころか、ネガティブな要素も逆手に取るのがこの人のやり方。いわゆる「プラスサイズモデル」に挑むのだ。しかも若くして母親役をやるなど、モデルとしてのプライドなどかなぐり捨てた。
栄養士として成功しながら、40代50代もモデルを辞めなかった人
でも、そこで“低きに流れていくこと”は決してないのも、メイ・マスクの生き方。もともと大学で栄養学を勉強していたこともあり、南アフリカから生まれ故郷のカナダに戻ったところで大学に入り直し、栄養学の博士号を取るのだ。そして食生活コンサルタントとしてのキャリアをスタートさせるわけだが、それも中途半端な覚悟で始めたものでなかったことは、やがてアメリカに渡ってからも、健康や栄養、老化について講演をして回るなど、プロフェッショナルとしてのスキルを磨き、アメリカで栄養企業家賞も受賞していることに明らか。

ましてや、そういう立場に上り詰めながらも、モデルの仕事をやめなかった。単純に考えて、年齢的にも目ぼしいオファーなどなかったはずだが、モデルはストレスフルな生活の中でも、楽しめる仕事の一つだったのだろう。ただ案の定50代になってからはほとんど仕事がない状態。
でもそんな時、白髪を染めるのをやめたとたんに、いい仕事が舞い込んでくる。この頃、世界中でグレーヘアがトレンドとなったこともあり、この艶やかでスタイリッシュなグレーヘアが、時代の求めに見事にはまったのだ。69歳で若い女性が使うコスメの一大ブランド「カバーガール」の広告に起用されるという前代未聞の遅咲きブレイクを果たし、まさにスーパーモデル誕生となるのだ。
かくして70代となったメイ・マスクの活躍は目覚ましいものがあったが、それも息子の七光りではない。時間差のように、あの人がイーロンマスクのママなの?と、世間は騒然となるのだ。
息子イーロンは、母と父、光と影の交錯によって生まれた天才
ともかく、決してあきらめない人。やるならば、やる。やろうと決めたことは徹底的にやる。しかもどん底にあろうと明るく前向き。一方で、子供たちには何でも自由に選択させ、サポートだけはきちんとやる。そういう逞くも透き通る光のような母親を見つめてきたからこそ、今日のイーロンマスクがあるのだろう。

ただ、彼のどこか狂気を帯びた仕事や人生観は、やはり父親の影響が大きかったと言うべきなのだろう。
両親はイーロンが9歳の時に離婚しているが、13歳の時、1人で住む父親が不憫だと、弟とともに父親のもとに移り住んでおり、詳細はわかっていないが、当時少なくとも精神的な虐待のようなことがあったのは確かなようだ。
言うならば極端から極端へ、父と母のもとで、人間の深い闇とまぶしい光を両方見てしまったがために、イーロン・マスクのような人間が出来上がったのではないか。
イーロンは1日2冊の本を読み、それを丸暗記できる位の天才で、12歳の時に驚くべきゲームのプログラムを作り上げ、それをゲーム会社が買い取ったとの逸話があるが、そのとてつもない才能を、無限に伸ばして、巨大化させたのは、やはりこの母親なのだろう。しかし父親のネガティブなエネルギーも、反面教師として奇跡的な力を産んだ可能性も捨てきれないのだ。
ちなみにイーロンは今55歳、非結婚主義者にして、14人の子供がいる。こうした子供への執着は、自分たちをまっとうに愛してくれなかった父親の影響なのかもしれない。何しろこの父親、再婚相手の連れ子である義理の娘と結婚するという、尋常ならざる感覚を持つ、父親に最も向いていなかった父親。
そんな姿を見つつ、それこそ女手1つで兄弟3人を立派に育てあげた母親の姿を見つめてきたことが、全く一般的でない家族観につながっていったのだろう。
ところで、メイ・マスクはなぜ恋愛しなかったか?
どちらにせよ今、様々なパーティーで見かける成功者イーロンと美しい母親のツーショット。まるで恋人同士のように体を寄せ合う姿は、全てひっくりめて、1人の母親の勝利に見え、女性としてもどこまでも輝いて見える。そこには母性を超えた愛着が見られるし、息子からも母親に対するもの以上の尊敬を感じる。多くの女性が人生において夢見る理想系の1つであるのは間違いないのだ。

ところでメイ・マスクは30歳で離婚したにもかかわらず、その後誰とも恋愛関係にならなかったと言うのは、だいぶ意外。でもその理由を、本人は明快にこう言った。「縁がなかったと言うより、自分のように面白く人生を生きる人には出会わななかったから」と。
未曾有の高齢スーパーモデルとなるほど美しく魅惑的なのに、自らの美しさや女であることに一切翻弄されず、母として、人として、強靭に生きてきたことは、心からの尊敬に値する。いや、こんな70代が存在することに、勇気づけられるどことか、何か不思議な力をもらえそうである。

- TEXT :
- 齋藤 薫さん 美容ジャーナリスト
- PHOTO :
- Getty Images
- WRITING :
- 齋藤薫
- EDIT :
- 三井三奈子