ここに来て上級レンジのモデルが続々と登場して、充実しているBMWのラインナップ。その頂点にある、まさにフラッグシップのクーペはMのエンブレムが与えられたハイパフォーマンスクーペ。だが乗り込めば乗り込むほど「クーペだけに許されたエレガンス」とは何かが理解できるようになった。

ふくよかな面構成がなまめかしい

ラグジュアリークーペにふさわしい、グラマラスなスタイリング。
ラグジュアリークーペにふさわしい、グラマラスなスタイリング。
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約4.8mの全長を生かした、美しいラインが目を引く。
約4.8mの全長を生かした、美しいラインが目を引く。

 BMWがプレミアムクーペを作ると、いつもため息の出るようなクルマを用意してくれる。約20年ぶりに復活した8シリーズ・クーペも、やはり期待通りに美しく、華やかな仕上がりで、感心させられるばかりだ。かつて「世界一美しいクーペ」と賞賛された初代6シリーズ(E24)、633CSiを送り出していたBMWだけのことはあるし、もちろんプライドにかけて誰をも納得させるクーペをラインアップする。

 そして今回のM850i xDriveクーペの仕上がりだが、目の前にある美しい2ドアクーペはBMWの頂点にあるハイエンドプレミアムクーペにふさわしく、ゆったりとしたフォルムと堂々たる押し出し感があり、その佇まいは独特のオーラを放っている。

 手慣れた感じのデザインだが、BMWのラインアップ中、美しさでは一歩抜けている印象を持った。サイドから眺めた時のなだらかなルーフラインは、リアエンドまでまったく破綻なく流れていく。

 さらに4.4リッターのV8ツインターボエンジンが収まる、長くもなく短くもないボンネットとルーフのバランスは絶妙で、まさに均整が取れたフォルム。そこにグラマラスとも表現できる前後フェンダーのボリューム感が強めの個性として加わったボディは、ボン、キュッ、ボンと実にメリハリのきいた、ふくよかな面構成で、なまめかしくエロティックでもある。

 もちろん、この仕上がりをもって「今も世界一美しいクーペ」と評価できるかどうかは別問題ではあるが、直感としてカッコ良く、撮影途中でも思わずにやけてしまう色っぽさがある。

 これまでBMWのハイエンドラグジュアリークーペのポジションを受け持っていたのは6シリーズだったが、伸びやかという点では、M850i xDriveクーペの自由奔放なわがままボディには決して適わない。クーペボディというのは本来、スポーティを強調するボディだといえるのだが、もう一点、重要な役割がある。エレガンスをいかに表現するかで勝負が決まるというポイントである。

 速い者が美しいのは、与えられたフォルムにもあることは芸術品を見れば理解できるはず。その観点でいえば、M850i xDriveクーペのエレガントなフォルムは大正解の出で立ちだ。

ボディを小さく感じさせる一体感のある走り

きらびやかさを強調せず、機能的にデザインされているのは、BMWの伝統といえる。
きらびやかさを強調せず、機能的にデザインされているのは、BMWの伝統といえる。
テスト車両にはオプションのBowers & Wilkinsダイヤモンドサラウンドサウンドオーディオシステムが装着されていた。オーディオの選択肢もラグジュアリークーペの重要な要素だ。
テスト車両にはオプションのBowers & Wilkinsダイヤモンドサラウンドサウンドオーディオシステムが装着されていた。オーディオの選択肢もラグジュアリークーペの重要な要素だ。

 佇まいの満足感を味わいながらドラーバーズシートに乗り込む。広々というわけではないが、窮屈でもない。とくにスポーティカーには重要な、ドアとの距離感が実に絶妙で、遠過ぎず、近すぎずで体にピタリとフィットする。この適度な包まれ感と、さらにセンターコンソールがドライバー側を向くBMW伝統のコクピット感が、クルマとの一体感を生む。この感覚はどんなに時代が移ろうとも、自動車を人間が操作する限り、変わることのない心地よさだと思う。

 インパネのレイアウトなどは他のモデルと基本は同じだが、一方で「8」のロゴが刻まれたクリスタルガラスのシフトノブや金属製のダイヤルなどは「8シリーズ」専用の装備であり、独特の上質感がある。そんなしつらえの良さを確認したところでさっそく、4.4リッターV8ツインターボに火を入れる。

 けたたましさなどほとんど感じさせることなく目覚めた最高出力390kW、最大トルク750Nmのエンジンは静々と、しかし力強くアイドリングを刻んでいる。ここが重要なのだ。

 これほどのハイパフォーマンスでありながら、あくまでもしとやかさに振る舞う。これこそ持てる者のゆとりであり、フラッグシップにふさわしい振る舞いである。

 むしろこちらの方が辛抱できなくなって、適度な太さのステアリングホイールをグッと握り、シフトレバーをドライブに放り込んでアクセルをグッと踏み込んだ。車両重量1,990kgという、クーペでは重量級のボディが、ゼロから100km/hに達するまで3.7秒という強烈さをあまり意識させることなく、苦もなく加速していく。強力なトルクをどの回転数からでも感じる事ができるし、実に幅広い領域で心地いい加速感を披露してくれる。

 おまけにアクセルペダルの操作がクルマの動きとピタリと一致していて、ここでもなんともいえない一体感を感じ取ることができる。走り出して5分もするとボディがとても小さく感じてきて、自在に操れる感覚がしてくるのだ。

ゆっくり走るほど気持ちいい「M」

ボリュームのあるシートは包まれ感が強く、クルマとの一体感が味わえる。
ボリュームのあるシートは包まれ感が強く、クルマとの一体感が味わえる。
後席はふたりがけ。背もたれを倒すことで荷室容量を増やせる。
後席はふたりがけ。背もたれを倒すことで荷室容量を増やせる。
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 たとえばワインディングの連続するコーナーだが、大小どんなコーナーであってもステアリングを切った分だけ、スイスイっと本当に気持ちよくノーズが向きを変えてくれる。ライトウェイトなヒラリヒラリという感覚ではないが、自在な運転感覚を伴って、まさにオン・ザ・レールの感覚で迫り来るコーナーを涼しい顔でクリアしていくのである。

 Mモデルはサーキットご用達の実力を備えていることも理解しているのだが、どうしてもその気にならない。よく制御が効いた4WDならではスタビリティの高さからか、本当に荒っぽいところも乱暴なところもまったく感じさせることなく加減速ができるのである。これだけ走りのしつけが行き届いていると、むしろ飛ばす気にならなくなってくるし、フラストレーションも溜まらないので、精神安定上とてもいい。

 テストをひととおり終えて、ゆったりと流すワインディングとハイウェイ。何とも優雅な気持ちになる。BMWのMモデルであっても(M850i xDriveクーペは一般道の走行を想定したチューニングの「Mパフォーマンスモデル」)、ゆっくり走るほど気持ちいい。

 実はエレガントなハイクオリティクーペの真骨頂はそこにあるのだと思う。あくまでも持てるパフォーマンスはゆとりであり、普段は高速道路での長距離移動でも安定性のために使う。ドライバーも同乗者もその安心感に包まれているから疲労感も少ない。

 安全に関する高度な電子デバイスもふんだんに与えられ、危険回避能力はきわめて高く、実に安全なクルマなのであるから、飛ばしすぎは下品な振る舞いとなる。こういうクルマでガツガツ走ったり、場所もわきまえず飛ばしているようでは、ステアリングを握る資格はない。

<BMW・M850i xDriveクーペ>
全長×全幅×全高:4,855×1,900×1,345㎜
車重:1,990kg
駆動方式:4WD
トランスミッション:8速AT
エンジン:V型8気筒DOHCツインターボ 4,394cc
最高出力:390kw/5,500rpm
最大トルク:750Nm/1,800~4,600rpm
価格:¥17,140,000(税込)

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この記事の執筆者
男性週刊誌、ライフスタイル誌、夕刊紙など一般誌を中心に、2輪から4輪まで「いかに乗り物のある生活を楽しむか」をテーマに、多くの情報を発信・提案を行う自動車ライター。著書「クルマ界歴史の証人」(講談社刊)。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。