エスパドリーユと聞いて、どんなものかすぐにイメージできる男性はまだまだ少ない。 靴であることを知っていたとしても、原産国や素材について説明できる者は多くないだろう。そこで、エスパドリーユの歴史から、世界中の伊達男を魅了している、その秘密を現地取材で解き明かす。
スペイン・マヨルカ島のシューズメーカーを取材した際、「ここのもうひとつの名産」と工場オーナーが案内してくれたのが、エスパドリーユの工房だった。作業中の職人の傍らには、ジュートのロープを渦巻き状にしてつくられたソールが、うずたかく積まれていた。
エスパドリーユのルーツはフランスとスペインの国境に横たわるピレネー山脈周辺、カタルーニャやオクシタニア、バスクなどの地域といわれる。かの地の農夫たちの履き物だったエスパドリーユは、映画などの影響でファッションアイテムとして、アメリカやヨーロッパで人気を博するようになる。
さらにイヴ・サンローランがカスタニエールにウェッジタイプのエスパドリーユの制作を依頼して以降は、様々なメゾンやデザイナーが、夏のリラックスアイテムとして手がけるようになった。
ソールに強度をつけるためラバーやレザーを配したりする場合もあるが、ジュート製のソールとコットンキャンバスのアッパーという基本構造は今日も大きく変わっていない。
そして、足下に感じる麻の質感が、実際のフィッティング以上に、心理的な開放感をもたらすのだ。
緻密な取材で知られた服飾ジャーナリスト、故・山口淳氏の共著書『ヘミングウェイの流儀』の中に「バスク人御用達の縄編底靴」という章がある。
その著書によれば、『エスパドリーユの原型は古代ローマまで遡れるが、ジュートソールにキャンバスのアッパーを合わせた現在のかたちがバスクで生まれたのは19世紀中頃だった』と記されている。それも、海辺の民だけではなく、山岳部の人々も重用した庶民の靴だった。つまり、そもそも海用ではなく、ましてやリゾート用でもなかったわけだ。
なぜ、ラグジュアリーな靴として世界中に広まったのか?
同書にこんな一文がある。
「エスパドリーユを欧米でリゾート靴として流行させたのは、船乗り向け衣料店でマリンボーダーシャツとともにこの靴を『発見した』ジェラルド・マーフィーというのが服飾史の定説だ」
マーフィーというのは1920年頃南仏に住んでいた米国人画家。彼がフィッツジェラルドや、ピカソ、ヘミングウェイと親しかったため、バスク発祥のこのふたつのアイテムはアーティストや作家たちの愛用品になり、やがて流行アイテムとして広まっていったのだった。
バスク人たちの生活の知恵から生まれた庶民の靴。旅とともに人生を歩んだヘミングウェイや、ピカソたちが愛用した靴。そう、伊達男の旅にエスパドリーユが相応しいのは、そんな男たちの記憶が詰まっているからなのだ。
伊達男を目指す紳士諸君、エスパドリーユが世界で最もラグジュアリーなカジュアルシューズであることを、ご理解いただけただろうか? スペインが産んだ麻靴をバッグに忍ばせて、夏の旅に出てみてはいかがだだろう。
※価格はすべて税抜です。※価格は2016年夏号掲載時の情報です。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2016年夏号「麻」名品の猛き風格より
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- クレジット :
- 撮影/戸田嘉昭・小池紀行(パイルドライバー/静物) 文/菅原幸裕