ジェントルマンの源流たる英国のファッションの現在は、どんな状況なのだろうか。そして、紳士服の名品を愛する我々は、どのような発想で着こなせばいいのか。「名品モノ語りマガジン」を標榜するメンズプレシャスとして、そこらへんははっきりしておきたいと思う。そこで今回は、英国王室御用達ブランドを数多く扱う「BLBG」代表取締役CEOの田窪寿保氏と、日本を代表するファッション賢人の赤峰幸生氏によるスペシャル対談をお届けしよう。

ボーダーレス時代の名品とは…

田窪寿保(以下、田窪) 日本で英国モノの話になると、大上段に構えて「このようであらねばならぬ」と講釈を並べる人は多いけれど、今の英国人はそれほど構えてなく、門戸は広くて、日本で語られているような厳密なルールはないといえます。

赤峰幸生(以下、赤峰) 昔の日本は洋服の歴史が浅かったからルールを必要とし、それを英国に求めたのでしょう。その名残かスーツをブリティッシュやイタリアンなど、国別でモデル分けをして品ぞろえをするお店がありますが、今は違和感がありますね。

田窪 英国で最近変わったと思うことは、全体的にドレスコードが緩くなっていることです。金融街でもスーツをきちんと着こなす人は少なくなりました。階級の差もわかりにくくなっています。絵に描いたようなジェントルマンも歩いていません。日本に来た外国人が、侍や忍者はどこにいるの?と聞くのと一緒です。

赤峰 ジェントルマンの実体はとらえにくくなっていますね。でも、英国の街を歩いていると、かつての紳士の幻想を感じることがあって、背筋が伸びる思いはあります。

TOSHIYASU TAKUBO 「BLBG(ブリティッシュ・ラグジュアリーブランド・グループ)」株式会社代表取締役CEO、「グローブ・トロッター」アジアパシフィック代表兼英国「グローブ・トロッター」上級副社長。英国王室愛用のラグジュアリーブランドを取りそろえるアーケード・ショップ「ヴァルカナイズ・ロンドン」を展開
TOSHIYASU TAKUBO 「BLBG(ブリティッシュ・ラグジュアリーブランド・グループ)」株式会社代表取締役CEO、「グローブ・トロッター」アジアパシフィック代表兼英国「グローブ・トロッター」上級副社長。英国王室愛用のラグジュアリーブランドを取りそろえるアーケード・ショップ「ヴァルカナイズ・ロンドン」を展開

田窪 確かにそうですね。侍がいなくても、粋やいぶし銀といった考え方が残っているように、今の英国でも、昔の紳士服の考え方は残っています。俳句と一緒で型がきちんとあって、そこからアレンジする。それが英国モノのよさだと思うのです。

赤峰 ルーツとなるモノ自体は大きく変わりません。新しいモノが出てきても、もともとの楷書体が見える安心感があります。今は何でも変わってしまう時代だから、そんな英国の変わらなさが魅力的に見えます。

田窪 長い時間軸でモノをつくる考え方も根強く残っています。10年、20年使ってあたりまえ。グローブ・トロッターのケースは買ったときの満足度は低いかもしれませんが、使うほどに味が出て満足度が増す。20年も使う頃には、旅の思い出もたくさん染み込む。結果的に、モノと過ごす時間も一緒に購入しているのです。それは心の贅沢とでも言いましょうか、自分への投資なのです。今の英国は、こうした伝統的な考え方を継承しつつ、細かいルールの刷新には寛大で、格式は昔ほど高くない。リラッスしてフレンドリーな空気を感じるのです。

歴史遺産が見直され、深みを増すものづくり

赤峰 英国の服づくりの現場では近年、ヴィンテージが注目されています。今にないデザインや素材感が新鮮に感じるのでしょう。特に大英帝国が栄華を極めた戦前の服が人気です。古着屋でも、博物館のように時代考証をしながら、マニアックな品ぞろえをするお店も見られるようになりました。

田窪 やはり、ファッションが究極まで行き着いて、原点回帰している。

赤峰 ものづくりもインターネットの影響で国際化やスピード化が進む一方、同質化の反動からスローな製法の温もり感ある表情が見直され、英国に残る昔ながらの製法が注目されています。英国の生地商は産業革命時代に電動の自動織機を導入しました。それは当時としてはハイテクでしたが、今でもそれを使い続けているから、いつの間にかローテクになっている。これがゆっくり動いていい味の生地をつくれることから、年々引き合いが増えています。

田窪 グローブ・トロッターの工場でも産業革命時代の機械を使い続けています。全工程のほとんどは手工業に近い。英国では、最近ようやくメイド・イン・イングランドの尊さに気がつき始めました。エリザベス女王は今年、英国の伝統的なクラフツマンシップを保護する奨学金制度を制定して、その第1号にグローブ・トロッターが選ばれました。

赤峰 もともと英国民自身、舶来品に価値を感じる時代が長かった。それに加え、コストダウンのために生産拠点を移しているうちに、自国のものづくりが空洞化するということに危機感を覚え始めた。それは日本も同じですね。

YUKIO AKAMINE  1970年代から紳士服のデザインを手がけ、現在は企画会社「インコントロ」の代表として、衣食住に関わるプロデュースをしながら自身のアカミネ・ロイヤル・ラインのブランドでカスタムクロージングを展開。半世紀に及ぶ服飾体験談を新聞や雑誌、ブログなどで発信。
YUKIO AKAMINE  1970年代から紳士服のデザインを手がけ、現在は企画会社「インコントロ」の代表として、衣食住に関わるプロデュースをしながら自身のアカミネ・ロイヤル・ラインのブランドでカスタムクロージングを展開。半世紀に及ぶ服飾体験談を新聞や雑誌、ブログなどで発信。

田窪 ターンブル&アッサーも英国にシャツの縫製工場を残していますが、英国のシャツ生地工場はすべて廃業してしまったので、イタリア製の生地を使っています。すべてを純国産にすることは困難な時代だし、英国の伝統的な考え方が商品に反映されていれば、原産国や製法にこだわらないのが今の英国人の考え方です。その辺はウエルカムなのです。

赤峰 ブランドや原産国、スペックといった言葉でモノを語るのではなく、しっかりとした考え方を持ちながら、モノ本来の味を極める方向には好感が持てます

田窪 お話しさせていただいて、今の英国は、スタイルに広がりを見せながら、伝統的なものづくりが深みを増していることを改めて感じました。そこが面白い。日本の「ヴァルカナイズ・ロンドン」でも、そんな英国の今の空気をお伝えしようとしています。メイフェアあたりを歩いている英国人が自然に買物する雰囲気。そんな本物感を大切にしています。ここで扱う商品でシャーロック・ホームズのコスプレをしてほしいとは思っていません。若い世代にも気軽にご利用いただいて、英国モノのよさが継承できればと思っています。

赤峰 英国には伝統的なモノが多いだけに、身の回りをそれだけでまとめると重くなるので、私は自由な発想でミックスしています。ヴィンテージも今の服と合わせて着ることで面白さが出る。スマイソンのボンド・ストリート・ブルーのレターセットを愛用しているのですが、私はそこに毛筆で文を書いたりします。合わせの妙で洒脱さが醸し出せることも英国モノの魅力ですから、今後の進化が楽しみです。

この記事の執筆者
TEXT :
織田城司 ライター
BY :
MEN’S Precious2016年秋号 紳士の心を昂ぶらせる「英国名品」のすべてより
アパレルメーカーで店舗運営やなどを手がけた後に独立。現在ではファッションに関する歴史や文化について数多く執筆。ファッション誌や文化誌への寄稿が多い。
クレジット :
イラスト/山本直孝 文/織田城司