かつて100年戦争を戦った不倶戴天の敵。枢軸国の侵略に耐え、連合国の勝利を共に祝った友。イギリスとフランスの関係は長く、そして深い。
紳士の装いに関しても両国は競い合い、影響を与え合ってきた。ダンディズムの始祖とたたえられるイギリス人、ボー・ブランメルは晩年、フランスへ渡り、そこで死んだ。本稿で扱う最高級の生地メーカー、ドーメルは、フランスのブランドでありながら、その製品はイギリス製を貫くという、ドーバー海峡を越え、両国を股にかけた存在だ。
スーツを一度でも仕立てたことがある男なら、生地の名門、ドーメルの名を知らない者はいないだろう。1842年に、フランスで生地商としてスタートしたドーメルは、今やヨーロッパでも数少なくなったファミリービジネスを貫くブランドだ。5代目ドミニク・ドーメル氏の徹底した現場主義の下、原毛となる羊探しから、英国での服地づくりに始まり、顧客の手に渡るまで一気通貫でものづくりに向かう姿勢は、同社の服地の完成度にも表れ、多くのクライアントを魅了。世界規模で発展を遂げている。そんなドーメルがこだわるメイド・イン・イングランドの服地の魅力を探るため、メンズプレシャスは生産拠点である英国へ、潜入取材を試みた。
フランスブランド、ドーメルは、
なぜ英国で生地をつくるのか?
メンズスーツの潮流が英国クラシックに回帰する一方、ドーメルは英国的な伝統や格式を重んじながら、常に新しい技術やマーケティングに基づいたリサーチ、デザインを積極的に導入している。
たとえば配色も、そのひとつ。基本は古くから英国に伝わる自然界の色に、現CEOのドミニク・ドーメル氏と、国籍の異なるデザインチームのインターナショナルな感覚を加えることで、ドーメルならではの独自性を生み出している。
また、現在のライフスタイルに合わせたライトウエイトのテキスタイル開発にも注目したい。
ウエイトの平均が280g(1mあたり)の、軽やかなイタリアの服地と比べても、同社のヒットコレクション『アマデウス365』は、260gまで軽量化を実現。素材は、オーストラリアやニュージーランド産の上質なメリノウール(スーパー100’S)を採用。英国では、同じメリノ種の羊を放牧しても、この軽やかさは実現できないからだ。
ドーメル『アマデウス365』
英国はウエットな気候のため草がよく育つ。それゆえ羊の餌は豊富だが、羊毛は硬くなる。反面、温暖な地では草はやせるが、羊毛は繊細でやわらかくなる。世界的な視点で物事をとらえる同社にとって重要なのは、原産国ではなく、最高の品質の原毛をどこから仕入れるかにある。
世界中から選別した原毛の特性を見極め、英国に伝わる技術とフランス的な感性で、仕立て映えする服地づくりに向き合うこと。それが、ドーメルのマニフェストだ。
「ドーメルらしさとは、イギリスらしく、イギリスらしからず」
取材に応じたマーケティングディレクターのひと言が、すべてを物語っていた。
ドーメルの服地づくりの生産拠点へ
英国の風土と技術なくしてこの美しき服地は生まれない!
ドーメルの服地づくりの本拠地は、産業革命で栄えた、イギリス北部のウェストヨークシャーにある。国内でも最大面積を誇る州内には、ドーメルの生産量の大部分を占めるミル(織元)がある。
1台50万ポンドはするオートメーション化された織機は、24時間態勢で稼働。ここでの工程は、世界7都市に置かれた支店とオンラインで繋がり、リアルタイムで情報が共有されている、画期的なものだ。
そもそもこの地が繊維生産に向いているのは、紛れもなく風土が関係している。ここで採取される純度の高い軟水は、織り上がった生地を水洗いするのに最適で、ドーメルが誇る奥深い艶やコシ、滑らかなドレープを引き出すには欠かせない。フィニッシング(仕上げ)を行うファクトリーは、この軟水を直接地下からくみ上げることが可能な立地にある。
「仕上がりの良し悪しは、見た目と手触り」。
工場長が誇らしげに、すべての工程を終えたばかりの服地へと私たちを促す。
一日のなかに四季があるという、英国独特のグレイッシュな光に調和する上品な配色、世界中の一流サルトやメゾンブランドが別格と一目置く高貴なる服地は、同社の哲学を受け継ぐ人の感性や手ワザ、優秀な織機、この地の風土、どれひとつ欠けても完結しない。
これこそが、英国生産にこだわる秘密なのだ。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN’S Precious2016年秋号 紳士の心を昂ぶらせる「英国名品」のすべてより
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- クレジット :
- 撮影/平川さやか 構成/兼信実加子