「変な店ができた」と客が訪れるように
渋谷区笹塚。笹塚駅南口を出ると玉川上水が流れ、甲州街道が走る駅北口と違ってずいぶんのんびりとした住宅街が広がる。そこを5分ほど歩くと現れるのが、カオスなスナック『チェリー』だ。
二の足を踏む御仁もいるかもしれない独特なセンスのドアを開けて店内へ。
カウンター3席、10名ほどが座れるボックス席と決して広い店ではないのだが、常連客が書き残していったノート、写真などが膨大にあり、多層的にママの歴史が迫ってくる。
お酒好き、スナック好きの女友達も多いと言う松本さんと、さっそくビールで乾杯。ビール党なこともあり、いい飲みっぷり!
人心地ついたところでビンコママが『チェリー』の歴史を振り返る。池袋の百貨店で働いていた若きビンコママは人が好きで、ずっとスナックで働くのが憧れだったそうだ。
「お酒が飲めない体質だから飲み屋にも行ったことがなかったんだけど、仲間がスナックを始めたので、私も『えいやっ』とこの店を始めました」
そして東北沢で『チェリー』を開店させた。
「飲み屋の常識を知らなくて、オープン当初は正しいことしか言えなくてね。酔ったお客さんが変なことを話すと、すぐ怒ったりして。そうしたら『変な店ができた』って、お客さんが来てくれるようになったの。昭和のお客さんは本当にやさしくて、お客さんに育てられました」
東北沢の店が道路拡張工事のエリアにあったため、笹塚には3年前に移転してきた。
本来は人見知りなのに人が好き。気分がのってくると酔客を負かすくらいのマシンガントークを繰り広げるというビンコママのユニークな人柄。それに引き寄せられ、東北沢時代の常連が今も多く訪れているという。
2度と同じものは食べられない!? ビンコママ手作り料理
ビンコママの手料理が食べられるのも『チェリー』の魅力だが、そのメニューも独特。
料理は作り置きせず、すべて手作り。ただし、ビンコママのその時の気分で調理するため、後日同じものをオーダーしても作れない。まさに一期一会の食事にありつけるのだ。
この日最初に出してくれたのは『おたべちゃん』。
要はチャーハンだが、ビンコママ独特の言語センスが光る料理名がつけられているのが楽しい。この日の『おたべちゃん』は、かいわれとプチトマト、ソーセージ、ベーコンを具材にまろやかな塩味のチーズが絡む。
塩こしょうが少し感じられる、シンプルな味わいだ。
「子どもの頃、母が作ってくれた焼き飯って感じ。懐かしいですね」と松本さん。
続いて登場したのが焼き鳥と冷奴。
焼き鳥はピリッと少しスパイシーな風合いでエスニックテイスト。冷奴もあっさりとした出汁がかかり、食べやすい。
スナックとは思えないほどメニューが豊富だが、そもそもビンコママは料理ができなかったそうだ。
「料理もお客さんに育てられた部分でね。恩返しじゃないけど、来てくれるお客さんに喜んでほしいと思っていたら自然とメニューも増えました」
料理のほかにも、この店にはビンコママのやさしさが溢れている。後編ではその辺りに触れていこう。
【チェリー】
問い合わせ先
- チェリー TEL:03-3469-2988
- 住所/東京都世田谷区北沢5-36−12
営業時間/16:30〜29:00(延長あり)
定休日/無休
メニュー/瓶ビール¥810、焼酎ボトル¥3,800〜、ウイスキーボトル¥6,500〜、氷¥700、割材(炭酸水・お茶)¥500
- TEXT :
- 津島千佳 ライター・エディター
- PHOTO :
- 小倉雄一郎