僕にとっての最初のヒーローは、優しさあふれる父だった。
明治の終わり近くに生まれ、少年期から青年期にかけて大正時代を生きた父は、古き良き大正リベラリズムや、モダーンボーイ的な世界の影響を受けて生きていたのに違いないと思う。典型的な中産階級の暮らしだったが、お洒落には気を使う人で、秋風が吹き始めると夏物のパナマ帽からフェルト素材の中折れ帽に替え、毎日を暮らした。
舶来物を好んだ父は「アメリカの〝ステットソン〟のソフトは良いね」などど、年端も行かぬ僕に語る人でもあった。だから僕も大人になるとソフト帽やパナマ帽をかぶるものだと心に刻み、それを忠実に実行してきた。
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20代の半ばに、パリの蚤の市で戦前や戦後のものと思われる帽子をたくさん見つけて愛用もしたし、海外取材旅行のときに時間を見つけて、あちこちの帽子専門店で、好みのフェドーラ=中折れのソフト帽を探し出してきた。
さまざまな素材のフェドーラをこれまで見てきたが、近頃どうしても気になるのが、昔作られていたというシールズヴェロアという素材のものだ。
シールズ、つまりアザラシの毛を用いた素材のそれは、えも言われぬ光沢を持っていて美しい輝きがあるものだ。
色々な手立てを尽くして探してはいるのだが、今はもう作られていないせいか見つけることができない。
同じヴェロア素材のフェドーラなら、例えばパリの老舗帽子店「ジェロ」のチョコレートブラウンのそれや、最近蚤の市で見つけた、深いグリーンのものがあるのだが、あの黒くて光沢のあるシールズヴェロアが気になって仕方がないのだ。
ビーバーもアザラシと同じく水の中で生き抜いている生き物だから、同じような毛の性質を持っているのかもしれない。かぶり続けるとなじんでくるだろう。そんなフェドーラを見つけたいものだ。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2020年冬号より
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- PHOTO :
- 黒石あみ
- WRITING :
- 松山 猛