旅先で出合った郷土の美味、今や思い出の中だけに存在する、もう食べられない一品など、松山氏が生涯の宝物となった七皿をイラストと共に追憶する。

旅する作家・松山 猛が回想する特別な味

母がつくってくれた鯖鮓(鯖鮓)

鯖鮓
鯖鮓

前日からくつくつと火鉢の上で小豆を煮て、春と秋のお彼岸には必ずつくってくれた「おはぎ」とともに、忘れられないのが、毎年端午の節句の五月五日に母がつくってくれた、この「鯖鮓」の味だ。酢にひたして味を調えた鯖の身を酢飯の上にのせて、棒状に形を整えた自家製鯖鮓。今でも鯖鮓をいただくと、鯖鮓をつくっていた日の母の姿を思い出す。

スペインで食べたアングーラス

アングラース
アングラース

ウナギの稚魚とニンニク、鷹の爪に沸騰したオリーブ油を注いでいただくバスク地方の名物料理、「アングーラス・アル・アヒーヨ」は今や幻の味となったが、これに初めて出会ったサンセバスチャンのバール以来、僕の至福の味のひとつ。最近は魚市場で新鮮な白魚を見つけると、自分でアングーラス・アル・アヒーヨもどきを再現してみる。

「メゾン・ド・キャビア」のブリニ

ブリニ
ブリニ

キャビアなどのさまざまな魚卵やスモークサーモンを、そば粉が入ったロシア風のパンケーキ「ブリニ」の上に、サワークリームとともにトッピングしていただく大人の味の魅力にはまり、パリの旅の終わりを飾る楽しみに訪れた「メゾン・ド・キャビア」。昔は赤いビロードのカーテンなどのインテリアが、帝政ロシアふうの店だった。オペラなどの観劇帰りに、大人のカップルが訪れる雰囲気もまた味わいがあった。

「徳山鮓(ずし)」の熊鍋

熊鍋
熊鍋

食通の間では知る人が多い、琵琶湖に隣り合わせる小さな湖の湖畔にある美食の館「徳山鮓」でいただいた、冬眠前の雌熊の肉は、その半分以上が真っ白な脂なのだった。これをこの地域で採れた野菜とともにいただく鍋はまさに至福の味わいだ。この「徳山鮓」は日本古来の発酵食品である鮒ふな鮓ずしでも知られる宿で、その鮒鮓を肴さかなに、美山錦の純米酒でほろ酔いながら待つ、あの熊鍋にまた出会いたく思う。

「阿霞(アシャ)飯店」の蟹おこわ

蟹おこわ
蟹おこわ

料理名人だった阿霞おばあさんの店では、厚切りのカラスミをニンニクと大根の上にのせた前菜や、シジミの醬油漬けを前菜に老酒を楽しむ。そして締めの食事がこの、オレンジ色に輝く卵がいっぱい、ワタリガニたっぷりのおこわ「紅蟳米糕(アンチンビーコウ)」だ。干しシイタケ、ピーナッツなどの味が脇役の、まことに幸せの味わいだ。

京都「ふきあげ」の鱧と松茸の鍋

鱧と松茸の鍋
鱧と松茸の鍋

子供時代以来の友人の料理人吹上君の店でいただいた、まさに季節が交差する時期の食材を用いた贅沢な鍋だった。この奇跡的な出会いを味わうために、ほかの食材は一切なしのピュアな鍋。鱧のふんわりとした食感と、松茸の香りが、うまみの根本の美味しい出汁と相まって、「どんなもんや」と嗅覚と味覚に迫ってくる。

京都の洋食の店「レストラン・コロナ」の玉子サンド

玉子サンド
玉子サンド

高校生の時からアルバイトで稼ぐと通い詰めた洋食の店「レストラン・コロナ」は僕の味覚の原点のひとつ。低温で調理するポークチョップやビフカツサンドも僕にとっての御馳走だったが、中でも夜食用にとマスターがつくってくれた玉子サンドは、卵を5 個も用いた分厚いオムレツを豪快に食パンにはさんだ驚きの分厚さだったものだ。僕も時折それをまねて玉子サンドをつくって、思い出の味に出会っている。 

この記事の執筆者
TEXT :
MEN'S Precious編集部 
BY :
MEN'S Precious2019年秋号より
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
Faceboook へのリンク
Twitter へのリンク
TAGS: